第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 水竜は召喚した者の魔力をエネルギーに替えているため、魔力がある限りは疲れなしで進める。  だが魔力を常に消費し続けるので、交代で騎獣を出して休憩しなければならない。  しかしセルランだけはわたしが騎獣を出せないので一人で乗り続けないといけない。 「ごめんなさい、セルラン。わたくしが騎獣を出せれば、あなたにばかり無理をさせないで済むのに」 「そのような心配は無用です。この程度の飛行でヘタれる鍛え方をしてませんので」  セルランは涼しげに言うので本当なのだろう。  それに比べて、下僕はホーキンス先生、ルートくんはメルオープと魔力差のある者と相乗りしているので、上手い具合に平均を保っているように見えるが、それでも魔力が少ない者では疲労度も全く違う。  どちらも太陽の暑さとは別の要因で汗の量が尋常でないものになっている 「下僕、ルートくん、大丈夫ですか? あまりキツイようなら一度降りて休憩しますので」  わたしは二人の体力を心配して声を掛けたが、どちらも痩せ我慢をしているのがバレバレな笑顔を見せて断る。 「マリアさま、大丈夫です。今は急がなくてはいけませんから!」 「ぼ、ぼくも、……はあはあ、あと少しぐらいなら問題ありません!」  下僕は少し余裕があるようだが、ルートくんの体力だけは本当に危なそうだ。  わたしは休憩の言葉を出そうとした時に水竜がルートくんの水竜に近付く。  並列になり、セルランは道具袋から小瓶を取り出した。 「仕方のないやつだな。だが、今はマリアさまのためだ。特別にこれをやる」  小瓶をルートくんに投げ渡す。  両手で受け取り、疲れているにもかかわらず目を丸くする。  高級な魔力の回復薬だ。  あまり味はよろしくないのに加えて回復量も少ないのが普通の回復薬だ。  しかし、やはり値段が変われば品質も変わる。  セルランからすればそこまで高い物ではないが、ルートくんからしてみれば普段持ち歩くものではない。 「あ、ありがとうございます!」  ルートくんは小瓶を一気に飲み干した。  次第に顔色も戻っていき、これなら何とか最後まで持ちそうだ。 「さすが高級な回復薬です。味も美味しいし、一瞬で魔力が戻りました」  ルートくんの調子を取り戻したので、安心して空の旅を続けられる。  しばらくするとまるで境界線があるかのようにくっきりと緑地と荒野が分かれている。  これは土地の魔力の差が生み出す光景だ。  緑地はシュティレンツ、荒野はパラストカーティの領土。 「空から見るとこれほど異なって見えるのですね」  昔にパラストカーティへと行ったこともあるが、それは馬車だったためと舗装された道を通って向かったので、あまり意識したことがなかった。  予想以上に荒廃している光景に憐憫な気持ちが湧いてくる。  それからしばらくすると、領主が住むお城が見えてきた。  やはり領主が住む場所なだけあってその周辺は栄えているが、庶民たちの生活水準もそこまで高くないのが、衣装からもわかる。  城の前に向かい全員降り立つ。  そこにはすでにこちらを出迎えるために、アビ・パラストカーティが自ら立っていた。 「マリアさま、ようこそお越しくださりました。今日の来訪をここにいる者全てが心待ちにしておりました。この世に光が差し込み、常に前へ進もうとしたことで今日の出会いとなりました。万物の母であり、世界に初めて光をもたらした光の神デアハウザーと同じ感謝をマリアさまに捧げることをお許しください」 「光の神デアハウザーに感謝を……。数日の滞在場所を貸し出していただきありがとうございます。シルヴィ・ジョセフィーヌからも御礼を言うように仰せつかっております」 「大変ありがたいお言葉です。ささっ、長旅でお疲れでしょうから、部屋を用意しております。夕食も料理人たちが気合を入れて用意しておりますので、お楽しみください」  わたしたちは一度貸し出された部屋へと向かい、レイナとラケシスはここの侍従たちからここでの生活の仕方を教わりながら、わたしのために働き始める。  わたしは長時間騎獣に座っていたためお尻が痛かったが、今はわがままを控えるべきと考えていると、レイナはすぐにわたしの不調に気付き治癒魔法を掛けてくれた。 「マリアさま、こちらに気を遣っているのはわかりますが無用の気遣いです。下僕から言われたのを気にする必要もありませんよ」 「べ、べつに下僕が言ったことに対して見栄を張ったわけではありませんわよ!」  わたしはここの橙色のドレスを借りて着替える。  普段着ているものと違うが、少し趣があっていいものだと感じた。  過去に流行った重量感あるドレスであり、伝統を感じさせる良い腕だ。  ……最近は流行ばかり追いかけて疲れましたし、そろそろ昔の衣装からアレンジさせるのもいいかしらね。  そんなことを考えながら、側近たちが慌ただしく動いているのでわたしは静かに待っていた。  そして入浴も済ませ、夕食の時間となったので会食用の部屋へと案内された。  いつものように全員で神への奉納を済ませ夕食を食べる。  味は……、まあ普通だった。 「美味しい料理をありがとうございました。料理人たちにもお礼をお伝えください」 「マリアさまからのお礼と聞けば一生の誇りとして、今後も職務に励んでくれるでしょう。それと、我が領土の学生たちの命を助けていただきありがとうございます。マリアさまがいなければ我が領土の魔力不足に止めが刺されたでしょう」 「全員の命が助かり本当によかったです。いまだどこの貴族がこのようなことをしたのかわかりませんが、一刻も早く捕まることを切に願うばかりです」  あの事件の犯人はどこの者かわかっていない。  王国院内の調査では結局発見できなかった。  今は守りを各領土で固めていもらい、二度とこのようなことがないようにしてもらう。  アビ・パラストカーティは真剣な顔を作る。 「今回は水の神の涙と言われる場所へ向かうと聞きましたがお間違えないでしょうか?」 「ええ、ホーキンス先生によるとそこにはどんなものでも治してしまう湖があると聞いていますので」 「たしかに伝承はあります。われわれもこの領土を盛り立てるために藁にもすがる気持ちで向かいましたが、ただ何もない荒野があるだけでした。ただマリアさまは伝承の通り、蒼の髪をお持ちです。我々にはできなかったことができるやもしれません。こちらでも調査した内容をまとめておりますので、ぜひご覧ください」  アビ・パラストカーティの侍従から本を渡されたので、下僕に受け取るよう言う。  下僕とホーキンス先生が一番この事に詳しいので任せるしかない。  そして今日の会食を終えて、次の日の朝になった。
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