第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 これを水の女神全員に装備させればかなり戦力の強化にもなる。  だがそう上手くはいかないようだ。  補助でしかないからと能力に限界があるので、使うのは下級貴族くらいだろうとのこと。  あとは何台あるのかをカオディに尋ねる。 「マンネルハイム本番までにどれくらいできそうですの?」 「余裕があるのは六台ですね。デビルキングの素材を頂きましたので一台だけなら特注を作れますが少し時間がかかるかもしれません」 「特注とは普通のとは違うのですか?」 「もちろんですとも! 素材が良ければそれだけ魔力の許容量も増えますから、今までの鎧の常識を超えますよ。今の時代、鎧が防具だという考えは古いのです」  カオディの熱意を聞き流しながらわたしは前に見た魔導アーマー二号を思い出した。  どうせ強くなるのなら一気に強くなりたい。 「カオディ、どうせなら前見た魔導アーマーを改良できませんの?」 「できますが、そうすると魔力量が大きくなり過ぎますのでわたしクラスの魔力量でも扱いきれるものではありませんが?」 「大丈夫です。私が乗りますので」  わたしの名案は誰も賛成してくれなかった。  当然のようにセルランとステラがわたしを止める。 「マリアさまは後方で指揮を執る立場なのですからそのような強力なものは不要です」 「セルランのおっしゃる通りです。姫さまはただでさえ魔力コントロールが完璧ではないのですから、今回ばかりは自重ください」  二人の正論に返す言葉がない。  わたしは泣く泣く諦めるしかない。  だが下僕とアスカはそう思っていなかったようだ。 「僕はマリアさまにこそ必要だと思いますよ。前回のマンネルハイムでマリアさまが戦えることを見せてしまいましたから、自衛の手段を講じるべきです」 「わたくしもそう思います。資料を読んでみるとどうやら局所的な魔力操作でございますので、クロートからしっかり習えば難しいことではありません」  下僕とアスカがわたしの味方をするとは思っていなかったセルランとステラは驚いていた。  わたしはこれ幸いにと便乗する。 「そうです、わたしは人に守られてばかりの臆病な女ではありませんもの」 「マリアさまはもう少し臆病ですとこちらも大変楽になるのですが、今回はわたくしも賛成です」  レイナは呆れながらも笑ってこちらの意向を汲んでくれた。  だが少しばかり、カオディは浮かない顔をしていた。 「何か他にも問題がありますの?」 「マリアさま用ですとデビルキングだけでは素材が足りません。それと同等のドラゴンの素材がないことにはどうしようもないのです」 「それでしたらわたくしの鎧を使ってください。お父様がむかし討伐した強いドラゴンから作ったと言ってましたので」  これで万事解決ですね、と手を叩いたが誰も賛同してくれず、側近一同顔を青くしている。  わたしだけが理解していないようだ。  ステラは手で自分の目を覆って悲しみを隠しながらわたしに教えてくれる。 「姫さま、シルヴィ・ジョセフィーヌから譲り受けたあの鎧はドラゴンの中でも最上位のドラゴンの素材です。あの時、名残惜しくも大事な姫さまのためにと譲った時の顔を思い出すともう二度とあの方の顔を真っ直ぐには見られません」  全員が同じ気持ちなのかみんなが似たような体勢になっている。  だがお父様なら許してくれるだろうとわたしは大袈裟なと思いながら、鎧の使用許可を出した。 「では出来上がりましたら教えてください」 「かしこまりました。我々も全力を尽くして作り上げてみせます」  カオディに後のことを任せて部屋を出ていこうとすると、アリアがわたしを引き止める。 「マリアさま、これから図々しいのは承知ではございますが、なにとぞお力をお貸しいただきたいのです」 「ええ、いいですわよ。何かありまして?」 「実はわたしも魔法の研究をしたいのですが、同じ魔力量をお持ちでないとどうしても危険でして、よろしければマリアさまの専属の教師にお手伝いいただきたいのです」  些細なお願いなら許可しようとしたが、今のアリアの願いは残念ながら叶えてあげられない。  側近たちも少しばかり顔色が曇り始めた。  そこでラナが慌てて止めに入った。 「アリア! マリアさま、妹が失言してしまい申し訳ございません。今のは戯言だとお聞き流しください」 「あっ、え、お姉さま?」  アリアはよくわかっておらず慌ててしまっている。  このままではこの子の立場を悪くしてしまうので、わたし自ら教えてあげる。 「アリアさん、力を貸してあげたいですが、共同研究ならばまだしも個人的な研究のためにこちらも人員を送ることはできません。それにクロートは本来当主に仕える文官です。今はわたくしの指導のために一時的に来ているに過ぎませんので、もし他領へ協力させるなら、アビ・シュトラレーセからスヴァルトアルフに申請をして、スヴァルトアルフからジョセフィーヌにお願いをしないとこちらとしてもお受けできませんの」  アリアは自身の失言に気付いて顔を青くしている。  この子はまだ貴族として隙が大きすぎるがこの素直さは美徳である。  わたしは少しばかり考えて提案してあげた。 「それならいっそのことわたくしが研究所を作るので、そこでやってみるのはどうですか?」 「ま、マリアさまの研究所でですか?」  ラナは一生懸命なにかを思い出そうとしている。  おそらくわたしが研究所を持っていたかを思い出そうとしているのだろう。  だが安心してほしい、今から作るのだから。 「ええ、そうすればわたくしも強力な魔法を覚えられますし、練習もできます。それにどうせ魔法の練習をするのならクロートみたいな無愛想な先生より、年の近い可愛い後輩と練習したほうが何倍も楽しいですし」 「ほう、その無愛想な先生とは誰のことかは聞かないであげますが、今の提案についてはもちろん誰かと相談して決めたのですよね? 研究所をお作りになっているなんてわたしは一度も聞いておりませんゆえ」  わたしは突然の今いるとは思っていなかった声にビクッと反応する。  今日は非番のはずではなかったと思ったが、なぜかクロートがこの研究所まで来ていた。 「あらっ、クロート。今日はお休みではなかったですか?」 「姫さまがシュティレンツの研究所に行っていると聞いて嫌な予感がしましたので。それよりも今の話ですがーー」  そこでラナやシュティレンツの生徒たちが一斉にクロートに迫っていく。 「本当にマリアさまと同じ蒼い髪をお持ちなのですね!」  わたし以外に伝承の蒼い髪を持っているのはクロートだけのためかわたしの代わりに質問責めにあっている。  その人混みのせいでこちらも側近たちと距離が離れた。  わたしはこの好機を逃しはしない。  わたしはアリアの手を掴んだ。 「行きますわよ!」 「えっ、ええ!」  アリアは訳もわからずわたしと手を繋いで走り出す。  今のうちに申請して研究所を作ってしまえばもう後の祭りだ。  側近たちも人混みのせいでわたしの姿を見つけられずにいた。  その間にわたしとアリアは研究所を出て、王国院の研究所を総括している職員に手続きをした。  もちろん五大貴族のわたしに逆らえるわけもなく簡単に受理された。 「ふぅー、これで研究できますわね」  わたしはやりきった感を出すために汗を拭う仕草をした。  そこでアリアはクスクスと笑い声をあげた。 「マリアさまって想像していた以上に行動的ですよね。まさか側近たちから逃げようとするなんて」 「あら、知らなかったしら? アリアさんと会った日は三階の窓から布を使って降りましたのよ」 「ふふっ、マリアさまならそれくらいしそうです」  アリアは楽しそうに笑ってくれる。  出会いはなかなか危険なものだったが、やっとこの子の笑顔を見られた。  年上としてアリアには尊敬される先輩となろう。  わたしが笑顔で戻ろうとしたその時、この世のものとは思えない怖い声が聞こえてきた。 「ひ、め、さ、ま!」  ステラ、リムミント、レイナのこの世の物とは思えないお説教を聞かされて、初っ端から先輩の威厳を見せることができなかった。
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