第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 わたしがホーキンス先生の調査結果や古代魔法の記述を見ていると、セルランがわたしに耳打ちをしてきた。  わたしがセルランの言葉を聞いて、振り返ってみると大勢の護衛を連れたシルヴィ・ジョセフィーヌ夫妻がやってきた。  側にはクロートも付いていた。 「お父さま、お母さま!」  わたしの声でその場にいたすべての貴族が道を開けてシルヴィ・ジョセフィーヌに一礼をする。  最近少しばかり脂肪が目立ち始めているが、それでもキリッとした顔で道を歩いてくる。  だがわたしの姿を見つけると少しずつ顔がにやけていく。 「おお、マリアよ! やっと会えた、レティアからここにいると聞いてきたのだ。元気であったか? あまり帰ってこないから心配していたのだ」 「心配しすぎよ、お父さまはいつもね」 「それなら一度くらい顔を見せに帰ってくださいな。この人はずっとマリアが帰ってこないと落ち込むのだから」 「お母さまも元気そうでよかった」  わたしは久々に会った二人をみて少しばかり安堵する。  ウィリアノスさまのお側に居たいがために残っていたが、最近は忙しくてウィリアノスさまどころの騒ぎではなくなっていた。  こうして二人のことを見ると、家に戻った時のような安心感がある。 「姫さま、お久しぶりです。美しさにさらなる磨きがかかり、エイレーネさまの学生の頃にそっくりです」 「ありがとう、グレイル。お母さまのような淑女になることこそがわたくしの夢ですから嬉しい言葉です」  騎士団長グレイルは懐かしむようにこちらを見る。  ジョセフィーヌ領では彼がすべての騎士を統括している。  最強の騎士の一人であり、彼の逸話は数知れず。 「デビルキング討伐の話を聞きました。さすがはシルヴィ・ジョセフィーヌの次期当主です。騎士たちも姫さまのご活躍を聞いて、より一層訓練に身が入るようになりました」 「いやですわ、わたくしは戦いとは無縁でいたいのです。でも皆さんのやる気に火を点けることができたのでしたら、頑張った甲斐があったというものです」  わたしはセルランの方をみて、前に出るように伝えた。  セルランもこちらの思惑を察してか、ため息を吐いて騎士団長に挨拶をした。  そこでグレイルも先ほどの優しい顔から厳格な騎士団長としての顔で息子の顔を見る。 「お前も元気そうだな、セルラン。しっかり姫さまを守り通しているか?」 「はい、マリアさまは我々の宝。たとえ我が身に何があろうとも守り通してみせます」 「うむ、その心を忘れるな。最近はヨハネも動き始めている。たとえ実の姉とはいえ甘言に惑わされず、己の心を忘れるな。我々はシルヴィ・ジョセフィーヌの剣だ。感情ではなく剣として付き従え」 「かしこまりました。それでは父上、またお会いできる日を楽しみにしております」  二人はなんとも味気ないやりとりをして話は終わった。  公務の場であるので、再会だけ出来ただけでもよかったのかもしれない。 「そういえばマリアよ、今日はマンネルハイムに出場するのであろう?」 「はい、指揮官としてみんなを引っ張っていくつもりです」 「あまり無茶をするのではないぞ? 特に顔には絶対傷が付かないようにな。まあ、わたしの鎧があれば大抵の攻撃から身を守れるからそんなに心配はしておらんが」  そこでわたしの側近たちが騒ついた。  セルランとステラも目を背けていた。  わたしはよく分からず父を安心させてあげようと思い、新しい鎧のことを伝えた。 「大丈夫ですわ。お父さまの鎧を使ってわたくし専用の鎧を作り直しましたから」 「……え? それはサイズを変更したってことか? まあ確かに成長期であるからそろそろサイズに関してもーー」 「ううん、完全に別のもっとすごい鎧にしたの。今日お披露目するから楽しみにしていてください。ドラゴンの素材を使ったのですごいものですから」  わたしはもっと説明しようとしたがセルランに止められた。  せっかく錬金術の叡智の結晶で作り上げたわたし専用の魔導アーマーについて教えようとしたのに。  両親共にあまりイメージを出来ていないが、これ以上はやめるよう再度セルランから止められた。 「まあ、よくわからんがマンネルハイムを楽しみにしているぞ。無茶だけは絶対にしないようにな」 「マリア、最近は昔のような落ち着きのなさもないので安心しておりましたが、最近はまた周りに迷惑を掛けていると聞きます。くれぐれも淑女としての心構えだけは忘れないでくださいね」 「うっ、わかっています」  母であるエイレーネから小言をもらい、二人は護衛を連れて訓練場のほうへと向かっていった。  わたしもホーキンス先生と下僕に別れを告げて、シュティレンツの研究所へと向かう。  前から計画を立てているため、今回のシュティレンツがマンネルハイムでの勝利を握っている。  ルールが厳守される騎士祭では使えない手を魔法祭では使える。  そのための下準備は進めた。  わたしは魔術棟の壁を空けている学生たちを見ながら、口元を緩めていた。
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