第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 魔法祭開始前になったため、わたしたちはシュティレンツの研究所から訓練場まで向かった。  踊り用の服に着替えて、学生全員は踊りを披露しなければならない。  わたしはパラストカーティの時とは違い肩くらいしか露出のない服装に安心感がある。  さすがに大勢の前で露出の多い服装は恥ずかしい。 「姫さまと今日は一緒に踊れることを嬉しく思います。今日はどのようなことが起きるのか少しばかり楽しみにしています」 「さすがにこれ以上おかしなことは起きてほしくないわね」  ラケシスの言葉に肩を竦める。  あまりにも最近はゴタゴタしたことが起きるので、何も起きないのが一番だ。  わたしはお父さま達の方を見ると、あちらもこちらに気付いて手を振ってきた。  わたしも小さく手を振り返す。  アスカがワクワクした顔でこちらに聞いてくる。 「マリアさまの新しい鎧のことは伝えたのですか?」 「まだよ、あまり時間もなかったから本番で見せればいいかと思いましてね」 「それならかなりびっくりして喜んでくれるかもしれないですね」  わたしはアスカの言葉に同意した。  魔導アーマーを何度も使ってわたしも多少は扱いに慣れた。  実戦は初めてのため緊張はするがそれでも性能がかなり良いので足手纏いではなくなるだろう。 「わたくしも少しはクロートにアピール出来るようにマリアさまをサポートしますね」 「アスカ、あまり周りに聞こえる声でその話題を出さないでくださいね」  わたしはアスカを窘めた。  クロートへの魔力狙いの結婚はわたしの側近たちが牽制し合っている。  ステラも十八になるので、そろそろ結婚を意識している。  わたしの護衛のために結婚を伸ばしてもらっているが、わたしの護衛でいられるのも短いだろう。  婚約者候補にクロートが入っているみたいなので、クロートがどのような返事をするのか誰もが気になっている。  だがレイナだけは今のところ一人だけを見ているのでまだ安心できる。 「レイナだけはそのままでいてくださいね」 「すごく失礼なことを考えていますでしょ?」  レイナがいつものようにわたしの心を読んでプンスカと怒る。  お喋りしているうちに国王が長い挨拶を始めた。  歴史や神への感謝を喋り終わると、演者たちの音が流れ始めて、観客たちがゆっくりと最高神である光と闇の神へと魔力を送っていく。  訓練場が光で包まれ、わたしたちはその幻想のような光景の中踊りを始めた。  ……今日はやっぱりこの光を操ることはできませんわね。  パラストカーティの時のようにはいかないようで、わたしはいつものように踊るだけだった。  ちらっと視線を感じて観客席を見るとホーキンス先生が食い入るように見ていた。 「あの先生はたまに変態に見えますね」  レイナもホーキンス先生に気付いていたみたいで、ボソッとこぼした。  わたしは笑いを噛み殺して踊りへと再度集中する。  何事もなくこの踊りは終わったのだった。  そしてマンネルハイムへの準備が始まった。  初戦はジョセフィーヌ領対ゼヌニム領。  わたしたちの領土は貴族の数も魔力も余裕があるわけでもないので、ゼヌニムに勝てばすぐ決勝戦だ。  トーナメント方式のため、あとの四領地で勝ち残ったところと戦う。  スヴァルトアルフと王族の領地の戦いであるが、おそらく魔力量的に王族が決勝の相手だろう。  ……今回はウィリアノスさまも出ますし、敵として戦うのは気が進みませんわね。  わたしはため息を吐くと、セルランがこちらを心配して声をかける。 「マリアさま、勝つ前から先の心配はあまりにも油断が過ぎます。大方ウィリアノスさまとの戦いについて考えられているのでしょうが、そのようなため息は味方の士気を下げてしまいます」 「そうですわね。まずは一勝を目指して頑張ります」  わたしは自分に喝を入れて気合を入れる。  ゼヌニム領全体はこちらと同レベルだが、あちらには貢献度三位のフォアデルへがいる。  高い魔力を持っている者も多く、成績もその順位を確かなものにしている。  わたしは前のようにみんなの士気を上げようとした時、観客から喝采が起きた。  わたしは何事かと観客の視線を追ってみると、信じられないものをみてしまった。 「さあ、全員こちらに注目しなさい! マリアさんなんて簡単に倒してみせますの、おーほほほほ。ほらあなたたち、もっと高くあげなさい」 「かしこまりました!」  何か板のような物に装飾過多な椅子を乗せ配下の者に担がせてそこに座っている人物はアクィエルだった。 「まさか、あの子はわたくしに対抗するためわざわざ出場したの?」  ほとんどの女性が出場しないマンネルハイムにまさかアクィエルが出てくるなんて予想もしていなかった。  普通ライバル視しているからってここまで出張ってくるものだろうか。 「あの方の行動力はマリアさまに負けませんので、たまにですが尊敬を持ってしまいますね」  セルランは素直に賞賛している。  だが鎧こそ着ているが、あのような無駄な人員を使って不安定な足場を作ってどうするのだろうか。  アクィエルは十分周りの歓心を買ったのでご満悦の顔だ。  そしてこちらの視線に気付いて、にこやかな顔で自身の持つ扇子をこちらに向けてくる。 「さあ、マリアさん、今日こそはどちらの領土が上か決着の時ですよ! まあわたくしが勝つのはいつもですけども、おーほほほほ」 「あらあら、アクィエルさんはご冗談が上手です。わたくしが貴方なんかに負けるはずがないではありませんか、うふふふ」 「マリアさま、あのような単純な挑発に乗らないでください」  セルランに注意され、わたしは気をとりなおしてセルランの水竜へと乗る。  全員の士気と行動指針を決めるのはわたしの仕事だ。  後ろを見ると同じように自身の風竜に乗っているアクィエルが先頭に立って演説している。  あちらもこちらを見てきたので、わたしがあのような者に負けてないことを示さなければならない。 「全員、これまでかなりの鍛錬を積んできたと聞いております。時は来ました、その力をあの頭が空っぽのアクィエルさんにぶつける時が!全員まずは駒を無視してあのアクィエルさんを捕まえてきなさい! 」 「みなさんの優秀さはジョセフィーヌなんて目ではないことをこの場にいる者たちに示す時が来ました! 駒より、あのマリアさんを捕まえてきなさい!」  完全にマンネルハイムのルールを無視した命令が両軍に下された。  わたしとアクィエルはお互いに睨み合って、主審を務める先生に対して、お互いに命令する。 「ルールの変更を求めます!」 「指揮官を捕まえた方の勝ちにしてください!」  完全にお互いの目的が一致したので、観客がさらに沸いた。  側近たちはなぜか頭を抱えていた。
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