第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 そこでメルオープは好機とみて、体勢を整えるために水竜で風竜に体当たりをした。  風竜を吹き飛ばして余裕ができたのでメルオープはルージュに感謝した。 「助かった。疲れているとはいえこいつに押されるとはまだまだ修行が足りんな」 「メルオープさまのお力になれたのなら良かったです。ぼくもこの方には大きな借りがあるので返させていただきます」  ルージュは再度気合を入れ直してルブノタネを睨んだ。  ルブノタネはそれを見下す目で吐き捨てる。 「いじめたことを返すのか? やれるもんならやってみな、あの時は怯えるしかなかったからな!」 「いじめのことは関係ない!」 「なに?」  ルブノタネは肩透かしをくらったような顔になった。  なら何を返すのかがわからないようだ。  それにルージュは自信を持って答えた。 「マリアさまに手を出そうとしたのだ、この手であの時に出来なかったことを果たしてみせる! 」 「下級騎士風情が粋がったことをいうんじゃねええ!」  ルブノタネは激昂して再度襲いかかる。  メルオープも戦おうとしたが、ルージュが手で制した。  自分に任せろとメルオープに頼み、メルオープは戦いを譲った。  二人の騎獣は互いに最高速度で接近して交差した。  ルージュの頬に赤い線が出来、痛みで片目をつぶっている。  血が垂れており、ルブノタネは殺す気で真剣を使ったのだ。 「がはっ」  ルブノタネは小さく咳き込み、風竜の上で気絶していた。  そのまま落下するところをメルオープが拘束した状態でゆっくり下へとおろした。 「よくやったルージュ。騎士の名誉は自分しか守れない。お前は間違いなく騎士だ」  ルージュはガッツポーズを作りメルオープに応えた。  そこで見てしまった。  背後にいつのまにかやってきていたレイモンドがメルオープを叩き落とすのを。  そしてルージュもまた気付かぬうちに気絶して落下していくのだった。  二人とも一緒に拘束されてしまったのだった。  レイモンドはすぐに下僕の元へと戻っていく。 「残るはお前だけだな下僕。同じ五大貴族の側近としてはお前のような中級貴族と同列に比べたくないと常々思っていたのだ」  メルオープたちが奮闘している間にどうにか時間稼ぎをしたが、ヴェートはすでに拘束されており、下僕もかなりの打撲痕ができている。  かなりの打ち身で下僕はボロボロ。  だがそれでもなんとか気力で持っている。 「僕は常々同列だと思っていましたよ」  下僕の挑発が効いてレイモンドは青筋を立てる。  完全に見下した相手から言われるのはかなり自尊心を傷つけられたのだろう。  レイモンドはトライードで斬りかかる。  下僕は騎士ではないため、戦闘訓練をほとんどしたことがないはずだ。  だがしっかり剣筋を見極めて自身のトライードで切り結ぶ。 「多少はやるみたいだな」 「最近は僕も鍛錬しているのですよ!」  だがそれでも下僕では守ることはできても攻めることができない。  次第に攻撃が当たる回数も増え始めて、呼吸も荒くなっていた。 「下僕、頑張りなさい! あと少しなのよ!」  わたしは後方から力一杯応援する。  無茶なのはわかるが今誰も助けにはいけない。  どんどんわたしの魔力が上がっていく感覚があった。  わたしはゆっくり肘掛に力を入れる。 「お優しい姫さまだな。だがこちらも我らの姫のために勝たねばならん。もしそちらにも上位領地がいればこちらが負けていただろう。ではお前を捕まえてマリアさまを捕まえに行こう。ルキノさえ倒せば逆転勝利だ」 「そうはさせない! 水の神オーツェガットは踊り手なり。奇跡を起こせ!」  一番威力の低い魔法だが、水を前方に放射するので風竜から落とすことくらいならできる。  だが風竜の速度が早く連発で出しても避けられてしまう。  鎧に常に魔力を吸われているため、魔力の消費の少ない魔法でも今はきついだろう。 「中級貴族のわりには頑張ったな。だがこれで終わりーーーぶげえ」 「調子乗りすぎよ! 人の側近を傷つけないで!」  わたしは気付けばマリアーマーで飛び出していた。  マリアーマーの両腕を前方に突き出して、レイモンドへ体当たりをした。  魔力を増やせば増やすほど速度も上がり、その加速度と強度でぶつかったレイモンドの鎧はメキメキと音を立てる。 「空飛ぶ……鎧だ……と」  レイモンドは意識を失いかけながら信じられないものを見てしまったような顔をしていた。  わたしの魔力で空も飛べるので騎獣とほとんど変わりなく使える。  レイモンドを吹き飛ばした方向は偶然にもアクィエルがいるところだった  手下たちも急いで逃げようとしてがそれよりもレイモンドが迫っていくスピードの方が速い。 「っえ、ちょっ、こっち来ないで!」  アクィエルの悲鳴も意味もなく、手下たちにレイモンドが衝突して、その衝撃によってアクィエルは空へと投げ出された。 「きゃああああ、たす、たすけてええ……げふん」  空中に投げ出されたアクィエルをルキノが光り輝く格子状の網で捕まえた。  わたしは地面に落としてから捕まえればいいと思っていたが、さすがに五大貴族の令嬢を怪我させるのはルキノには耐えきれなかったようだ。 「マリアさま、勝ち鬨をあげてください!」  わたしはルキノの言葉に従う。  持たされていたトライードを空高く掲げて、魔力を大きく注いでわたしの身長の倍以上ある大剣を出現させた。  ……本当に重さは変わらないのね  トライードは魔力を剣に変えているため、重さは常に一定だ。  だが魔力の消費もあるため早めに終わらせる。  大きく息を吸ってここにいる者全員に聞こえるよう声を張り上げた。 「敵将アクィエル・ゼヌニムを討ち取りました! 」  ドッと会場が沸いた。  わたしの勝利宣言を聞いて戦っている者たちも腕を高々に上げている。 「マリア・ジョセフィーヌに栄光あれ!」 「水の女神に栄光あれ!」  ラケシスの大きな声が聞こえ、すぐにシュティレンツの者たちも合わせてきた。  何度も言うので他の選手たちも同じように叫び始めて、ついには観客席まで流れに乗り始めた。  お父様もお母様も一緒に手を挙げている。  万年最下位のマンネルハイムに勝利したので誰だって嬉しいはずだ。  下僕がふらふらになりながらもこちらにやってきた。 「マリアさま、助けてくださってありがとうございます。僕が不甲斐ないばかりにマリアさまの手を煩わらせて申し訳ございません」 「いいえ、よく頑張りましたわね。いつだってわたくしが守ってあげますから、次もその勇気を持ちなさい」 「……はい」  まだ頼りない下僕だが上級騎士相手に臆せずに戦ったのだから、賞賛されるべきであろう。  少し恥ずかしそうな顔をしているが、責任を感じすぎているわけでもないので多くの言葉は必要ないと感じてアクィエルさんをみた。  もうすでに地面へと降ろされており、悔しそうにハンカチを握りしめてこちらを睨んでいた。  少しばかり目が濡れているようだ。 「これで勝ち越したなんて思わないことね! まだ魔法祭の順位が決まったわけではないのですから! ほら貴方達、行きますわよ!」  最後に捨てセリフを吐いて、倒れている手下たちに命令して騎獣に乗って観客席へと向かっていった。  わたしも傷痕に塩を塗る趣味はないので何も言わず黙って見送る……なんてことはしない。 「またわたくしの引き立て役になってくださいましー」 「キイィィィ」  わたしの一言に奇声を発している。  わたしも十分楽しめたので満足だ。  ただ側近一同が大きなため息を吐くのみだった。
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