第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 レティアも安心して食事を再開したので、わたしもレティアとのゆったりした時間を過ごそう。 「これが身分差の諍いなのですね。話に聞いていましたが、ここまで激しいのですね」 「そうね、わたくしも王国院に来て初めて目の当たりにしました。さすがに慣れましたけど、まさかいつも穏やかなセルランがあそこまで激情を晒すなんて思ってもみませんでした。……では最後の挨拶をして終わりましょう。レティアの紹介もしますから、わたくしと来てください」  リムミントがわたしに時間であると耳打ちしたので、ステージへと向かう。  予想外のこともあったがこれで終わりだ。  わたしがステージに上がったことで、少しずつ談笑の声は消えていった。  まわりが静かになってわたしが話を始める。 「新入生のみなさんは満足されたましたか。明後日からは授業が始まりますので、明日は院を見てまわったり、先輩たちからお話を聞いたり自由に過ごしてください。先輩がたも新入生に色々教えてあげてください。最後にわたくしの妹である、レティアを紹介させてください」 「紹介にあずかりましたレティアと申します。当主一族としてわたくしもお姉様をサポートして学生を盛り立ていきたいと思います。わたくしたちが管理している三領地はあまり成績が良くないと聞きますので、当主一族がいる間に優秀な人材を育てていけるようみなさんのご協力をよろしくお願いします」 「では、これで歓迎の催しを閉幕とさせていただきます」  無事歓迎の催しを終えてわたしは寝支度を整えすぐに眠ることになった。  次の日、わたしは護衛騎士であるセルランとステラ、文官である下僕を連れて寮の中庭へと向かう。  今日から魔法の特訓のため、わたしは張り切っている。  服も動きやすいように、わたし用の戦闘服とローブを身に纏い準備は万端。  すでにクロートも待機していた。  文官とは思えないしっかりとした青の鎧を身にまとい、護衛騎士たちも驚く。 「クロートは文官でしたよね。上級貴族でも一部の者しか持てないほどの鎧を持っているのですね」 「マリア様の言う通りだ。そなた、それはどこで盗んできた! 中級の分際で持てるものではないはずだ!」  セルランがクロートに噛み付くように言う。  確かにクロートの鎧は竜の鱗を惜しげも無く使い、魔法の鎧としてわたしの領土で最上位の青の色を付けられている。  一家の宝として受け継がれる代物だ。  わたしの護衛騎士でそのような鎧を持っている一家はセルランとステラくらいだろう。  だがクロートは鼻で笑うだけだった。 「盗んだとは心外です。それに何も大金を注ぎ込まなくても、自分で狩って、自分で調合すればいいのですよ。わたしは文官ですから調合は得意ですから」 「バカを言うな。最上位の鎧の素材なんぞ騎士団を派遣してやっと取れるものだ」 「そうですよ、もしそのような魔物に一人で挑めば騎士団長以外では誰も生きて帰れません」  セルランの言葉にステラも同意する。  しかしクロートはため息をつくだけで特に答えない。  クロートは二人を無視してわたしに顔を向ける。 「わたしの指導を受けるのは姫様だけですので、この者たちへの説明は時間が無いので後日改めて行います。それでもよろしいですか?」 「そうですね。わたくしも魔法の扱いは最優先の課題ですからそれでいいです。セルラン、ステラ、二人ともよろしいですわね?」  二人とも納得のできない顔をしているが了承したので鎧の件は一度終わった。  わたしには興味ない話なので勝手に話をしてほしかったくらいだ。ありがたい提案に賛同する。  クロートは二本の試験管を取り出す。  青と黄色に濁った液体をわたしとクロートを中心に振り撒く。 「これはなんですかクロート?」 「わたしが作った触媒です。この円の中でなら魔法も使いやすくなります。さあ、両腕を前に突き出してください。同調を行います」  わたしは両手を前に出し、クロートも同じように両手を前に出して、手のひらをわたしの手のひらと合わせる。  クロートの手のひらが暖かくなったので、魔法の同調を感じ取る。  クロートが徐々に魔力を上げていくのを感じながらわたしも同じように上げていく。  クロートが見本のようにやってくれるので調整が楽だ。  少しわたしが調整を間違えても同じくらい魔力を上げて中和してくれるので、暴走もなく進んでいく。  一般的な魔法の特訓である同調。  お互いの魔力を感じ取りながら、魔力の限界まで上げても微調整が出来るようにするものだ。  わたしが今まで感じたことのないほどの高揚感が押し寄せてくる。  やっと溜まっていたもの出せたためかこれほど心地の良いものはない。 「す、すごいです。これが姫様の魔力」  ステラが感嘆を洩す。  わたしを中心に青い光が奔流として空へと舞い上がっていく。  その光は途中何かに阻まれるようにそれ以上、上へと登らなかった。 「何かしたのですか?」 「姫様の魔力は膨大です。この奔流の通り、騒ぎが起こるでしょう。そのため、外へと洩れないようにしました」  わたしは別に騒ぎが起こっても構わない。  それよりもこれで周りのうるさい声も黙らせることができる。  わたしがあまり大きな魔法を使えないため、許嫁とは釣り合っていないという声もあり、悔しいことは多かった。  だがこのまま練習すれば誰からも後ろ指を指されないだろう。  自分の持てる限界まで出したせいか、それ以上光は大きくならない。 「姫様、そろそろ下げていきましょう。かなりの魔力を使いましたのでそろそろキツくなるでしょう」  わたしは少し名残惜しかったが徐々に魔力を減らしていく。  少しずつ魔力を減らしていこうとするが、途中でわたしの魔力が出なくなった。  そして足に力も入れられず、めまいと共にその場に倒れる。  クロートがぎりぎり間に合い、わたしの体を受け止める、 「す、すいません。すぐに立ちます」 「無理はいけません。おそらく初めての魔力の大幅な消費に体がついていけなかったのでしょう。足にも力が入らないはずです。セルラン、姫様を担いで部屋で休ませなさい」 「わかっている! マリア様、急いで戻ります。ご容赦を」  セルランはわたしを腕の中に納めて急ぎ足かつ揺れがないように慎重に運ぶ。  ステラも後ろについてやってくる。  部屋のドアを開けると何かが部屋に落ちた。 「何か落ちましたね。何でしょうか」  ステラが拾ったのは手紙だった。  わたしが普段使わない封筒に入っているから誰かからの手紙だろう。  宛先を表すスタンプもない怪しい手紙な為、ステラが手紙を開こうとする。  しかし、そこでわたしは昨日の夢を思い出した。  ……もしかして手紙が届くってこれのこと。  わたしは血の気が引く。  猛烈な吐き気がくるが、自制心でどうにかこらえる。  だが、今他の者に見られてはならない。  おそらく書いていることはわたしの夢に関係のすることが書かれているだろう。  不審な手紙として捨てられるわけにはいかない。 「ステラ、それはわたくしの手紙ですよ。最近新しい封筒を手に入れたから使いましたの。机の上に置いてもらってよろしいかしら」 「そうでありましたか。危うく中を見てしまうところでした。ではそちらに置いておきますね」 「マリア様、熱でもありますか? 先ほどよりも顔が青くなっております。手もかなり冷たくなっておりますし」 「いえ、ちょっと休めばよくなります。起きたらベルを鳴らしますのでその時に食事もお持ちください」  全員が部屋を出たのを確認してから、気力を振り絞って机へと向かう。  机の上にあるウサギのヌイグルミを抱きしめて少し落ち着かせる。  手紙を手に取り喉を鳴らす。  ヌイグルミを抱きしめたままゆっくり手紙を開く。  今ならまだ間に合う。  為すべきことを行い、役目について自分を見つめなおすこと。  今日の四の鐘が鳴る前に以下の三ヶ所へ向かい、困っている人を助けよ。  一、訓練場  二、領地ビルネンクルベの寮の前  三、第二棟にある魔術の実験場  これを解決したならば次の指示を送る。  決して他の者に気取られてはならない。  いつだって死は君を持っている。  君の死は誰もが望んでいる。  手紙はこれだけしか書いていない。  だが、内容なんてどうでもいい。  一番重要なことは本当に手紙がきたことだ。  わたしの夢が言っていたお告げがしっかりと現実として目の前に現れた。 「あれは……やはり夢ではありませんのね」  わたしの涙がゆっくり頬を伝ってヌイグルミに落ちる。  声を上げてはならない。  声を押し殺して、すすり泣く。  これは誰もにも知らせてはならない。  あの夢が言っていた。  わたしが死ぬために計画を立てた者がいる。  怖いという感情が全身を包む。  絶望が押し寄せてくる。  だれに相談すればいいのかもわからない。 「どうすればいいのよ。何でわたしが死なないといけないのよ。わたしが何をしたって……」  そこでわたしは思い出す。  あの夢でこの手紙の通りやるといいと言っていた。  わたしは一筋の希望を見つけ、その手紙を何度も見る。  折れそうな心を奮い立たせる。  わたしだけが未来を変えられる。  ……絶対に生き残る。お父様を、お母様を、そしてレティアも死なせはしない。
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