第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 わたしはヴェルダンディと一緒に戻り、一度レイナの部屋に入った。  ラケシスはずっとわたしの帰りを待ってくれたみたいで、涙を流さんばかりにわたしの安全を喜んでいる。 「ご無事で良かったです……。変な輩に何かされませんでしたか? 姫さまに何かあれば、と悶々として心が辛かったです。心休まる時間は姫さまに扮したレイナの辛そうな顔を見ている時だけでした」 「本当に心配していたのですよね?」  レイナも付きっきりでのサラスの授業は辛いだろう。  情報の共有は明日に回すとして、早く身代わりを解除しないといけない。  おそらくはまだサラスの授業を受けているはずなので、ヴェルダンディに護衛に戻ってもらった。  しばらくするとこちらにわたしの姿をしたレイナが帰ってきた。 「マリアさま、お帰りなさいませ。ヴェルダンディからも傷一つなく帰ってきたと聞いておりましたが、自分の目で安全を確かめれて本当にホッとしました」 「貴方にもかなり大変な役目を押し付けましたね。それではあまり遅くなると怪しまれるので着替えましょうか」  レイナが短く、戻れ!と言うと簡単に変化も解けた。  すぐにわたしはワンピースに着替え直して、ヴェルダンディと共に自室へと戻った。 「ただいま戻りました」 「おかえりなさいませ。それでは勉強の続きを行いましょうか」  サラスもわたしが変わったことに違和感を感じていないようだ。  ホッと懸念事項もないことに安堵して、今日は無事に終わった。  次の日になり、今日はサラスからお休みをもらった。  詰め込みすぎは良くないので、今日だけは休んでいいとのことだ。  ならせっかくなので休もう、なんて休んでいる暇はない。  わたしは側近を集めて、クロートにも参加をお願いした。  問題となっている予算集めやあまり良くない噂の対策、そして今後の予定を決めなければならない。 「マリアさま、クロートをこの場に呼んでも大丈夫なのですか?」  セルランがコソッと聞いてくる。  クロートがサラスと結託していると思っているようだ。  昨日あの場にいなかった者たちもどこまで話し合っていいかを悩んでいるようだ。 「全員、クロートは今回のことは手伝ってくれるそうです。なので特に秘密にする必要はありません」  一応私の言葉なので納得はしてくれたようだ。  わたしは今回の内容についてはクロートに一任した。 「姫さまの手持ちの予算では今後研究費が足りなくなるということで、わたしが提案させていただきます。まずはすでに手を打っている案件として、高級ホテルをこちらの収入源とすることができました」  わたしが昨日行ったカジノのことだ。  一応わたしが内緒で行ったのは秘密なので、賭博に関しては触れずに話を進めた。 「マリアさまの側近が金稼ぎとはあまり褒められたことではないが、そうも言ってられないな。それでいつ頃から収入が見込める?」  貴族のお金への考えとして基本としているのは、どれだけ働かずに不労所得を得るかだ。  汗水垂らすのは平民、必死にお金を搔き集めるのが下級貴族であるというのが、常識的認識だ。  しかし今のお金のなさであれこれ言っても仕方がないのでセルランも我慢して聞いている。 「急いで進めているので三十日ほど経ってからですね。ですが流石にこの利益だけではシュティレンツの研究費を賄いきれません」  そんなに掛かるの、と思ったがわたしは素材でデビルキングを使っていることを思い出した。  デビルキングはかなり強い魔物なので、討伐には上級騎士以上が出向くことになる。  そのせいでかなり金額が高いのだろう。 「あとは最近ジョセフィーヌ領で暗躍を始めた犯罪組織を壊滅させて汚い金をこちらで押収しましょう。五大貴族のおかげで生活できることを忘れて、そのような行いをする者たちに容赦はいりません」  クロートの底冷えする言葉に殺意めいたものを感じた。  昔のわたしならたかだか平民のやることだと気にも留めずにいただろうが、夢の中で言われた悪い噂の中には、この平民たちに関する事柄もあった。  領土経営の授業でもこういった悪さする平民は速やかに処分するべきだと習っている。 「この件に関しては姫さまの実績作りのため、リムミント主体でおこなってもらいます。平民だからと甘く見ないようにご注意ください」 「マリアさまのためであるなら気を抜くなどありえません」 「リムミントなら大丈夫だと信じています。必要な人員や予算については一任しますのでお願いします」  賢いリムミントなら良い成果を上げてくれるだろう。  これで一つ心配事も減る。  しかしクロートはそう思ってはいないようだ。 「補佐としてわたしの弟を付けさせます。何か良からぬ方向に行きそうなら修正しなさい」  クロートの言葉に側近たちの雰囲気が悪くなる。  さすがに教育に関しては手厚く受けられて成績もトップクラスのリムミントより年下の中級貴族である下僕が上手く手綱を引けはプライドを刺激するだろう。 「流石に身内贔屓が過ぎるのではないか? その男よりリムミントは何倍も優秀だ」 「わたくしも心外ですね。先ほどの発言もまるでわたくしでは失敗する可能性があると言っているのですか?」  セルランとリムミントの言葉は側近の総意に近い。  最近は色々頑張ってくれているが、それでも下僕の立場はこの中では一番低い。  兄として下僕を優遇したいのはわかるが、少しばかり本人のことを考えてあげればいいのに。  下僕もおどおどして少しばかり気の毒だ。  そこでクロートは下僕の背中を強く叩いた。 「失敗する可能性がゼロだと言っている時点でズレているのですよ。あなたもリムミントなら必ず成功すると言えますか?」  クロートは下僕に質問を投げた。  リムミントは当然だろうと、下僕が肯定するのを待っているようだったが下僕は首を横に振った。 「いいえ、おそらく僕たちだけで何かをしようと思っても成功率は三割をきるでしょう」 「何故そう思います?」 「今回、僕らはいつもの貴族たちの舌戦する戦場とは違う、平民の戦場へ赴くのです。相手は自分の戦場の地の利を知り尽くしているでしょうが、こちらは全く知識のない場所で彼らが逃げ切る前に捕まえないといけません。まずは僕らで情報を集めてから、騎士団に要請したほうがいいでしょう」 「騎士団だと!? 平民ごときに騎士団なんてあまりにもバガげている。マリアさま、お聞きになった通りクロートの身内贔屓に耳を傾けるだけ無駄です」  たしかにわたしも平民相手に騎士団はやり過ぎではないかと思っている。  しかし下僕の危機管理能力は昔から知っているがかなり高い。  あまり知られていない情報を集めるのが上手く、今回も何かしら情報を得ているのかもしれない。 「セルラン落ち着きなさい。わたくしも正直騎士団への要請は賛同できません。何か根拠はあるのですか?」 「はい。平民たちの中ではこの国を出て魔物を狩りながら生活している者もいます。そういった者たちは戦いに明け暮れているせいか技量が高く、学生騎士では返り討ちに遭う可能性があります」 「平民の戦士など恐るるに足らんだろう。もしもの時は魔法だってある。平民では魔法を使えないのだから、優位性は変わらない」  セルランの意見も下僕の意見もどちらとも一理ある。  だが一番はリムミントの力量を信用している。  特に今のリムミントのプライドをこれ以上刺激して、側近内でわたしに信用されていないと思われるのも私は望んでいない。  今回はクロートの意見を退けるしかない。 「クロート、一度リムミントを信用してみてください。下僕の補佐は不要とします」 「かしこまりました」  クロートは潔く退いてくれたので今回の話は終わりだ。  次の話題として下僕にシュティレンツの伝承について確認した。 「シュティレンツの伝承について歴史を調べ直したところ、今では取れなくなった魔鉱石を武具や装飾品、魔道具に使っておりました。銀に近い性質を持っていてなおかつ軽量でしたので銀を使うより安価になっていたので好まれて使われていたようです。またこの産業が復活すれば、こちらから財源を出さずとも自前で資金を用意でき、さらに研究の方が進んだ結果に上位領地も夢ではありません」  おおっ、と私も含めて全員が驚く。  もし万が一上位領地がわたしたちの領土から出てくれれば、他領から縁談の話も舞い込んでくるので魔力量的にもかなり嬉しい話だ。  そうなれば早めにシュティレンツで伝承通りに何かをするべきだ。  だが次の下僕の言葉でそう甘い話ではないようだ。 「一番の懸念はどこの鉱山で蒼の髪の伝承が伝えられたのかがわからないことです」  パラストカーティの時のようにその伝承があった場所へ行けば何かわかるかもしれないと思っていたが、シュティレンツの資料に関してはほとんど残っていないのでどこに向かえばいいのかもわからないらしい。  こうなるとあとはシュティレンツ出身者から情報を募るしかない。 「それではわたくしがお茶会で情報を集めてみます。みんなもどうか情報を集めてみてください」 「マリアさま、もし情報を集めたとして、どうやってサラスさまの目を搔い潜ってシュティレンツまで向かうのですか?」  レイナの今一番の課題にわたしは、うっ、と言葉に詰まった。  わたしはいずれ当主となるので社交や勉学に励めとサラスからきつく言われている。  シュティレンツへ行こうとすればしばらく授業も出られないので、確実にあまりいい顔をしないだろう。 「今はいい方法がありませんね。しばらく方法を考えてみます」  一度この場を解散させて各々に情報を集めるよう命令した。  今日はわたしに妹申請してきたシスターズたちとお茶会もあるので、シュティレンツの領主候補生から話を聞くつもりだ。  楽しいお茶会がこのような仕事的なことで行いたくないが今は仕方がないとため息を吐くのだった。
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