第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 わたくしの名前はラケシス。  由緒正しき五大貴族の末裔にして、伝説の蒼の髪を継承する姫さまを敬愛する者である。  わたくしの家系は代々五大貴族に忠誠を誓ってきた一族であり、その筆頭が叔母のサラスである。  サラスは厳しい面も多いが、それでも上に立つ者を教育する姿勢には尊敬できるものが多い。  サラスが休んでいる今日はわたくしが気を配って姫さまの助けとならなければならない。  今日は姫さまがシスターズという昔の制度で妹認定した者たちとの会合だ。  かなりの人数が来るので中部屋を借りて、設営に取り掛かっている。  わたくしがテーブルにシーツを被せてシミ一つないことに満足する。 「このような仕事で満足げになるのはラケシスくらいよ」  わたくしの同僚であるレイナが苦笑しながら手伝ってくれる。  本来ならわたくしの侍従たちに仕事を任せて、自分が最終チェックすればいい話なのだが、やはり姫さまが使われるテーブルであるのならばわたくしが用意してあげたい。 「わたくしが用意したテーブルで姫さまが楽しくお茶会をしてもらえるのならこれ以上ない喜びですよ」  わたしは何度も姫さまが座る予定の椅子を磨く。  楽しい時間を過ごし、レイナは少し苦笑気味だ。 「そういえばラケシスは妹申請しなかったのですね」  どうやらわたくしがシスターズに入りたがらないのを不思議に思っている様子。  だがわたくしこそその質問に疑問を感じた。 「当然です。わたくしは姫さまに守ってもらいたいのではなく、お側に侍り覇道を進まれる姫さまの手助けをしたいだけです」 「覇道って……。マリアさまは特に国をどうこうするなんて考えていないと思いますよ」 「それはウィリアノスさまにご執心だった頃のお話です。今の行動を見て何も感じないのですか!」  たしかに前までの姫さまはウィリアノスさまとの婚姻が決まってから浮き足立っていた。  だがやるべきことさえ見定めれば、人員、魔力、技量、すべて足りなかったマンネルハイムで優勝を取ることなど造作もない。  蒼の髪の伝承に新たな一ページを刻む最高の出だしではないか。 「まあ、確かに最近は精力的に活動されていますね。ですが少しばかり焦っているようにも感じます」  お金を急いで稼ごうとしている、という内容でないことはもちろんわかっている。  少しずつ学生の意識を改革していくのが一番確実で楽な道なのに、あえて茨の道を進んでいる。  今回の予算が足りなくなったのも早急に物事を推し進めようとした弊害だ。  だがそれでも前の姫さまと比べればこれぐらいの勤労など苦労には入らない。 「だからこそわたくしたちが姫さまの身を守るのです。それなのにヴェルダンディときたら、カジノで中級貴族の醜い豚に姫さまの手を触らせたなどと……」  ヴェルダンディを時間があるときに呼びつけてカジノの件を聞いたが、一体何のために護衛騎士としてお側にいたのか。  時間もなかったので少しの間説教しただけで終わりましたが、もっとわからせないといけませんわね。  わたくしはどのような罰をくだすか考えているとレイナは思案げにしている。 「どうかしましたか?」 「え……、うん。ガイアノスさまがあそこまでマリアさまに敵意を出してくるなら、わたしたちはどう対処すればいいのかしらね」  魔法祭では、競技中の事故として姫さまの顔に傷をつけようとしたガイアノスに関しては憎っくき相手だ。  競技前にレイナとアスカに憤怒の声を発散させなければ、わたくしは自分の怒りを抑えきれなかっただろう。  正直、ウィリアノスにも姫さまに近付いてほしくないのだ。  姫さまからご寵愛をいただけることが確約されているのに、それを蔑ろにする態度にあまりいい印象は持っていないからだ。  姫さまは少しばかり恋愛で心がお花畑になっているので鈍感になっているが、想い人を考えればそれも仕方ないといえる。  しかしウィリアノスに限っては婚約自体は否定的であるせいで、姫さまが不憫でならない。  それにマンネルハイムでは早々と魔力疲れで退場して、婚約者である姫さまを守ることすらできていなかったのだ。 「わたくしたちも最低限姫さまが逃げられる時間を稼ぐ方法を考えとかないといけませんね。ぜひレイナからセルランに聞いておいてもらっていいかしら」 「なんでそこでセルランが出てくるのよ! 」 「あらっ、別に二人で恋愛に興じろなんて言ってませんわよ。ただ自衛の術を聞いてほしいだけって言っただけですのに」  ここにも少しばかり恋愛脳がいて困るものだ。  頬を膨らませて怒っている同僚が可愛いのでそれもいいが。  すぐに準備を終わらせて、マリアさまの部屋へと入った。 「姫さま、失礼します。お茶会の会場の設営も終わりましたのでいつでも入室できます」  ディアーナがすでにスレンダータイプのドレスをマリアさまに着付けして、化粧も済ませている。  今日はシスターズの集まりということで、いつもより大人めな印象だ。 「ご苦労様。貴方のことだから自分で全部仕上げたのでしょうけどあまり無理しすぎないようにね」  わたしが入室すると微笑んで労を労ってくれた。  マリアさまのために頑張ることこそが何よりも愉悦だ。  そこに無理などないが、やはり褒められると嬉しくなる。 「本日もお美しいです。たとえ火の神がどれだけ荒れ狂うとしても、姫さまの山紫水明のような美しさに目を奪われ、大地を慈しむようになるでしょう」 「さんし……すいめい? よくわからないけど褒めていることだけは伝わったわ。では行きましょうか」  姫さまと一緒にお茶会が行われる中部屋で客人たちをもてなす。  まず最初にやってきたのは、同じジョセフィーヌ直轄領に住むカナリアさまだった。  五大貴族に次ぐ大貴族であり、姫さまの純粋な友人である。  いつもうっとりと姫さまを見ていたと思っていたが、まさか妹になりたいと熱烈な手紙が来ていたのは記憶に新しい。  左側の髪を縦ロールにしており、笑顔の素敵な方ではある。  挨拶を終えて、姫さまの隣へと座った。 「今日はお招きいただき嬉しいです。マリアさまとは最近お話もできなかったので、寂しい思いでした」 「ごめんなさい。今年はたくさんお茶会をするお話でしたのに、やっと今日招待できましたことをわたくしも嬉しく思います」 「まあ……、そう言っていただけると嬉しいですわ。もし何かお手伝いできることがあれば言ってくださいまし、マリアお姉さま」 「カナリアさん……」  熱烈に姫さまの手を取って頬を赤く染めている。
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