第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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駆け足で走っていく。 身体強化の魔法も使えず、ろくに運動もしたことがないので足が重い。 なんとか寮から見えない隣の棟の裏に隠れることができた。 まだ誰にも見つかってない。 息をゼェハァと出して、ゆっくり呼吸を落ち着かせる。 なんとか第一関門を突破して安堵したいが、まだまだ先は長い。 王国院の敷地内で南東側にある訓練場へ向かう。 まだ授業もないためほとんどの学生は寮内に閉じこもっており、誰にも見つからずに訓練場へと着く。 訓練場は円形闘技場となっており、騎士見習いの授業や武術祭の会場として使われたりする。 入り口から階段を登り観客席へ着くと、すでに人がいたため、わたしは席の後ろに急いで隠れる。 二人の男性と一人の女性が集まっているようだ。 ほかに数人鎧を身に付けている者が側にいるがおそらく護衛騎士でしょう。 突然男がもう一人の男を指差し非難する。 「申し開きがあるなら申してみよ! シルヴィ・ジョセフィーヌへの忠誠があるならば正直に答えられるはずだ」 「何度もこちらは言っている。あの反乱の原因はビルネンクルベにあると。こちらは濡れ衣を着せられたのだ。先祖の無念を晴らすためならこちらは実力行使も辞さない」 「お前たちのせいで我ら三領地も軽んじられるのだ、いい加減その態度を改めよ!」 三人の領主候補生たちが言い争っている。 糾弾されているのは問題領土のパラストカーティのメルオープ。 言い争いをしているのがシュティレンツのカオディ。 静観しているのは、女性の領主候補生がこの院での代表を務めるゴーステフラートのユリナナ。 ……ちょっと、誰の味方すれば良いのよ! どっからどうみても騒ぎを起こすパラストカーティがいちばんの悪者だ。 これはシュティレンツを守るべきかしら。 「あなたからも言ってくださいユリナナ様」 「別にいいのではありませんか。正直わたくしはあまり領地間の連携など興味はありませんの」 「何を言うのですか! このままでは我らが代表のマリア様の顔に泥をーー」 「いいではありませんか。どうせもう直情勢が変わりますよ。そんな負け組領土に構ったところで時間の無駄ではありませんか」 「誰が負け犬ーー」 メルオープは聞き捨てならない言葉に怒気を孕んだ声を上げたが、言い切る前にユリナナの扇子がメルオープの首に添えられる。 メルオープは何も言えず歯を食いしばり黙る。 ユリナナの領地は王国の貢献度は真ん中。 それに比べてメルオープは最下位。 そうすると自ずと魔力の高い者の縁談は上の領地に来る。 魔力の差がそのまま個人の身分の差として見せつけられる。 ……なんか身分差とはいえパラストカーティも可哀想ね。 本来助けるべきはパラストカーティかも。 ニコリとユリナナは笑い、扇子を自分の口元にやる。 「まあ慌てないことですわ。正直マリア様の下につくのも飽きました。わたくしたちの領土を受け入れてくださる領土もありますし」 「流石に不敬だぞ! 我々三領土はシルヴィ・ジョセフィーヌの剣であり盾だ! それなのに」 「お前は自分の行動を鑑みて言えないのか! お前たちが過去の過ちを認めればいいのだ。この原始人どもが」 「き、貴様ぁ! 」 とうとうパラストカーティの領主候補生のメルオープの沸点が上がりきってしまった。 腰に身につけている剣を引き抜き、カオディに斬りかかる。 カオディも咄嗟ではあったが抜刀が間に合いなんとか鍔迫り合いをする。 周りにいる護衛騎士たちも動き出し、主人を守るため加勢を始める。 ……ちょ、ちょっとやめなさいよ! このままじゃやばい。 突然の出来事にあたふたするわたしは、これは収拾のつかない事態になったことはわかる。 領土間の争いなんて起きたらわたしたちもただではすまない。 わたしは隠れるのをやめて宣言する。 「双方争いをやめなさい!」 突然のわたしの声に全員こちらを見る。 驚き立ち尽くす。 まさかわたしがいるとは露とも知らずユリナナは顔を青くしている。 ……あなたはまた今度誰が主人か教えてあげますからね。 わたしはにっこりとユリナナだけに笑みを送り、さらにユリナナの顔は青くなる。 だが今は腹いせをしている場合ではない。 領主間の争いは五大貴族といえどもかなりきつい罰則が与えられる。 ここはどうにかして防がなければならない。 「あら? だれもわたくしを主人とは思ってくださらないの?」 全員がすぐさま膝を突いて、恭順の意を示す。 武器からも手を離して、害する気がないこともアピールする。 これで一応殺気立った雰囲気もいくらか霧散した。 わたしは領主候補生三人だけ立たせる。 「では三人共、今回の経緯を話しなさい」 今回パラストカーティが他領に喧嘩を売ったことで、他領からしっかり手綱を握るようシュティレンツへ話がいく。 そこでシュティレンツの代表としてカオディがパラストカーティを注意しに行くが全く相手にされない。 そこでゴーステフラートの領主候補生であるユリナナにも立会いをしてもらい、今回の騒動の元であるパラストカーティの考えを改めてもらう手筈を整えた。 だが、逆ギレしたパラストカーティが襲ってきたのがさっきの騒動。 「どうしてパラストカーティは他領と厄介ごとを起こしましたの? フォアデルへが仲介したから大事にならずに済みましたが、もしかしたら百年前みたいに内乱が起きるかもしれないのよ」 「マリア様! あれは憎っくきビルネンクルベの謀略! あやつらのせいで我ら一族は苦汁をなめることになったのです! 」 「それは何度も聞きましたが、証拠はないのでしょう? はあ、もう今回は分かりました。明日から院も始まりますので今日はそこまで言いませんが、全員始末書は書いてもらいますからね」 パラストカーティは全く反省していない。 これでは何を言っても無駄である。 早々に切り上げて次の場所に行かないと。 カオディが発言の許可を求める声を上げたため許可する。 「マリア様、そういえば護衛騎士の姿がありませんが近くにはいるのですよね?」 わたしの汗が背中を伝う。 たとえ王国院内であろうとも、この国の五大貴族の令嬢が一人で歩くには少し不用心すぎる。 ジトッと嫌な視線を浴びて居たたまれなくなる。 これはもうすぐ逃げるしかない。 「おほほほ、当たり前ですわよ。外で待機してもらっているので、わたくしはもう行きますね。では御機嫌よう」 わたしはなるべく優雅に見えるように早歩きでその場を離れる。 急がないとここにいる者たちからわたしが歩き回っていることがバレてしまう。 まだ二つも向かわないといけないのにここで捕まるわけにはいかない。
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