第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 手がヒリヒリとするのを無視して、今の状況を冷静に分析した。  底が暗くてまったく見えないがいつかは床とぶつかり潰れてしまう。  そうするとできることは一つしかない。 「水の神オーツェガットは踊り手なり。天翔ける竜を作り出せ!」  詠唱を終えると、魔力で作られた水が竜の形を作り出して、騎獣である水竜を作り出した。  各領土ごとに詠唱が違うので出てくる竜が違い、水竜は地上では平均的な能力しかないが、特に水の中であれば空を飛んでいるものだろうと速さでは負けない。  どの騎獣も飛行能力があり、水竜はゆっくり地上まで降りていく。  先程上にあった光も消えたので、おそらくは床が閉じられた。 「ほかの者たちも無事ならいいが」  地面に降り立って、周り確認する。  誰も地面に横たわっていないので、全員無事のようで安心する。  どうやらここも小部屋のようで一本の通路があるのみだ。  みんなと合流するため、わたしも通路を進んでいくとすぐに大きな部屋へと出た。  部屋は大量の光量で満たされており、何不自由なく部屋が見通せる。 「あれは、……祭壇!」  目の前にあるのは間違いなく祭壇であり、マリアさまが探しておられたものだ。  どうやらネツキは策にはめたつもりのようだが、近道を与えただけのようだ。  これならさっきの道を使えばマリアさまも簡単にお連れすることができる。  ……これなら褒めていただけるだろう。  わたしは祭壇の方へ足を進めて調べようとすると足元でべちゃっと音がした。  水か?  そう思って足元を見てみると赤く流れた血であった。  その血を流しているのは、連れてきた騎士たちであり、目を見開いたまま体と胴を切り離されて絶命している。 「おい、何があった! 誰も生きていないのか!」  だが声を上げるものはいない。  五人全員がもうすでに死んでいるのだから。  わたしはすぐに意識を切り替えて周りに視線を張り巡らせ、トライードに魔力を込めた。  上級騎士を一瞬で殺せるほどの強者がこの近くにいるのは明白だ。  だが探すまでもなく、祭壇の前に牛の顔をした人型に近い魔物がいた。 「貴様がやったのか! 」  当然魔物は答えない。  だがその両手にある剣は赤く染まっており、確認するまでもない。  しかし不可解な点もある。  人型と変わらない体型でどうやって騎士五人を瞬殺したのか。  だがその疑問はすぐに答えられた。 「ギャアアアアアア!!」  魔物の咆哮が上がるとみるみると巨大化していき、三階建ての屋敷と変わらないくらいの大きさへと変わった。  剣も魔物の巨大化に合わせて大きさを合わせていき、まず切り結ぶことはできない。  一歩進むごとに地響きがして、この大きさはまやかしではないと体の芯まで響き渡る。 「水の神オーツェガットは踊り手なり。汝らの敵を排除するための力を求めん」  身体能力を上げる魔法を使い、限界まで身体能力を底上げする。  魔力に比例する魔法のため、下級騎士が上級騎士に勝てない理由の一つとなる。  もしパラストカーティの三貴族と下僕が錬金術の鎧を着て同時に掛かってきたとしても、一人一太刀で事足りる。  騎士の中でも随一という自覚がある自分でもこの魔物は本能から警告がくる。  デビルキングなんぞ赤子に見えるほどのプレッシャーに汗が大量にかいてくる。  防戦していては絶対に勝てないので、先手必勝でいくしかない。  水竜をすぐに呼び出して、この牛の周りを飛ぶことで撹乱する。 「ギャアアアア!」 「やはり図体がでかい分、ちょこまかと動かれるのは嫌みたいだな!」  攻撃するわけでもなく、水竜で牛の周りを飛ぶだけであちらが勝手に動いてくれる。  タイミングを計りながら攻撃の時を待った。  剣を無造作に振り回して地面に深々と突き刺したのを見て、決定的な隙を作り出した瞬間に攻撃を仕掛けた。  頭上へ急上昇して、牛の真上に来たところで水竜から飛び降りて大上段の一撃を放つ。 「なにぃっ!」  金属と金属がぶつかる音がした。  すなわち相手の防御が間に合ったのだ。  だがそれは間に合わないはずと思っていた自分の予想を裏切る動きであり、さっきまでの鈍い動きは自分を誘い出すためだったようだ。 「イイ動キダガ、油断シタナ」  ……魔物が喋るだと!?  この牛の魔物は知恵を持つ特異性を持つ魔物であった。  言語を話せるほどの頭脳を持っているなどと、これまでの魔物にそんなものはいなかった。  あまりにも全てがデタラメな魔物に気を取られて、大きな隙を作ってしまった。  戦うこと以外に関心を向けてしまい、注意力が完全に散漫となっていた。
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