第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

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 わたしは急いで訓練場から逃げ出した。  もしわたしの側近たちに確認されたらすぐに私の嘘がバレてしまう。  こういう時は逃げるに限る。 「次はビルネンクルベの寮ね、次は何よ」  各領地の寮が集まる棟へと入り、ビルネンクルベの寮内へ続く門の前まで足を進ませる。  階段を登るにつれて、ドスッ、ゴスっと鈍い音が連続的に響く。  わたしは何の音かとゆっくり階段を登り、そろぉっと身を屈ませて顔だけを階段から出す。  わたしの目に映ったのは五人の学生が、わたしが管理する三領土のうちの一つ、パラストカーティの学生三人を一方的に殴る蹴るをしているところだった。  いじめをしている生徒は草色をしたマントをしている。  五大貴族はそれぞれ五つの基本となる色を持っており、管轄されている領土は同じ系統の色のマントを身につけている。  わたしの管理している領土は青を基本としている。  緑は同じく五大貴族であるシルヴィ・ゼヌニムが持っている色である。  そうすると、目の前にある寮はゼヌニムの管轄地なため、必然的にこのいじめている学生はビルネンクルベとなる。 「おいおい、まだへばるには早いだろ! おまえらがっ! こっちに喧嘩を売らなければっ! よかったのによっ!」  三人の学生はすでにいくつも痣や擦り傷ができており、歯を食いしばり痛みを我慢して頭だけを守りながらその暴行が終わるのを待っていた。  なぜこんなことをしているのかわからないが、やりすぎな領土は戒めなければならない。  わたしはすぐに声をあげようとしたが、ちょうど暴行の手を止めたのでもうしばらく隠れることにした。 「はぁはぁはぁ、いやー気持ちよかったぜ。全くお前らも忠誠心が厚いね。こっちは別にさぁ昔のように領土同士で戦ってもいいんだぜ。そうなれば、昔と比べて魔力の弱いお前らなんて一瞬で勝つことができるしな。昔の内乱では互角だったらしいが、落ちぶれた領土はこうやって生贄がないと守れないもんな、情けないよなルージュくん」  息を整えながら、リーダー格の男が太めの学生ルージュの顔を足であげさせる。  ルージュは悔しそうな顔をしながら、声だけでも媚びるように懇願する。 「おっしゃる通りです。ですからどうかぼくたちでこのことは許してください」  その顔に満足しながら、リーダー格の男は顔から足を退けてもう一度ルージュの腹を蹴る。  くぐもった声を出したルージュにリーダー格の男は怒りに満ちた顔に変わっていた。 「おまえらの領主のせいで、剣で吹き飛ばされた俺はこの領土で笑い者になったんだぞ! 許せるわけないよな!」  ……あの男、あんだけ偉そうなこと言っておいて格下領地の人間に及ばなかったんだ。  まあ領主なら多少他領から嫁ぐ者がいなくても自領内の魔力の高い家の子をもらえばいいから一般の貴族よりは強いかもしれないけど、それで八つ当たり?  情けないわね。  わたしはこのままだとさらにまた暴行が起きるので、姿を現すことにした。  ちょっとインパクトを出すために、わたしでも使える弱い風を巻き起こす。  室内で突然の風が起きたことで、その場にいた全員が階段の方へ向く。  わたしはポーチから扇子を出して、大仰に開いてみせる。  そのまま口元を隠しながら進む。 「ごぎげんよう、ビルネンクルベの皆さん」  思わぬわたしの登場に先ほどの訓練所のように全員が固まる。  わたしは歩みを止めずに、生まれつきではあるが少しきつい目をリーダー格の男に向ける。  男の一歩前まで来て、足を止める。 「さて、わたくしの管轄する領土の学生にこれほど痛めつける理由があるなら聞こうかしら。ことによってはアクィエルさんにも今回のことでかなり大きな貸しを渡してもいいのだけど。聞いたところによると腹いせとしてやってたみたいよね」 「いやぁ、それはそのぉ、なんて言いますか」  リーダー格の男は目を逸らして、言葉が出ずに口を何度か開けてどうにか弁解をしようとする。  他領の生徒をいじめていたことが知られれば、少なからず当主一族に責任が及ぶ。  もしそんなことが起これば、この男たちは責任を負わされて貴族社会で爪弾きになるだろう。  ここで弁明しなければ彼の将来は終わる。 「元はといえばそちらの領土が我々に喧嘩を売ったからじゃないですか。こっちだってそちらが揉め事起こさなければこれ以上ことを荒げるつもりはなかったんですよ。それをこうして我々とそこのパラストカーティの者たちとで裏で手打ちとしたんです。なあ、そうだよな?」  リーダー格の男はルージュに同意を求める。  ルージュは否定するかと思ったが、黙ったままだ。 「ちょっとルートくんって言ったかしら? 否定しなさいよ」 「いえ、ぼくの名前はルージュ……ひぃぃ」  私の睨んだ目を見てルージュは小さく悲鳴を上げた。  ……名前くらいで揚げ足取るんじゃないわよ!  まったく、この豚さんは。  いくら待っても何も言ってくれないのでただ時間が過ぎるだけだ。 「ほら彼も特に否定はないようですし。ただ戯れていただけですよ。最近は少しの遊びが過激だと言う方々も多いですから。わたしたちも今後は気をつけます」  ルージュが何も言わないことで、元の平常心を取り戻し、この件を有耶無耶にしようとする。  わたしは心の中で軽く舌打ちをする。  ……そういうこと。  こいつらこの子達より貴族階級が上なのね。  ここを穏便に済まさないと裏で報復を行うつもりね。  もう、しょうがない!  本当はしたくないけどあの手紙の言うことに従わないことのほうが怖いのよ!  お膳立てしてあげるから感謝しなさいよ!  わたしはポーチからバッジをとり、ルージュと残り二人にも投げ渡す。  それを受け取った三人は同じリアクションを取った。 「って、ええええ!」  わたしの家の家紋が入ったバッジを受け取り、三人とも驚愕の顔を作ってわたしとバッジを何度も見る。  畏敬のこもった熱い目で全員が見てくる。  何を渡されたのかと思い、ビルネンクルベの五人は覗き込むとまた驚愕の顔を作る。 「な、何を考えているのですか! それは貴方様の派閥に入り、側近として引き立てる証ではありませんか。そのような下級貴族を助けるためとはいえ、さすがに贔屓が過ぎます!」 「あら認めてくださったのね。さてルートくんこれであなたが何を言ってもわたくしが守ってあげるわ。今ここで起きたことを詳らかにしなさい」 「くそっ、こうなったらマリア様をアクィエル様に献上するしかない! お前たち囲め!」  リーダー格の男が逃げようのないことを知ると、取り巻きたちに命じてわたしの逃げ道をなくす。
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