第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

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 だがここで引くわけにいかない。  もしここでわたしがまだ王国院で遊んでいるだけの女と思われていては、もう二度とわたしはこういった会議すら呼ばれない。 「シルヴィ・ジョセフィーヌ。この件はわたくしに一任してください。どうにかアビ・ゴーステフラートを説得してみせます。このまま騎士を出動させるのは危険です」 「マリアよ、平民を捕まえることすら出来なかったお前に何を信用すればいいのだ?」  お父さまの無慈悲な言葉に頭が真っ白になる。  お父さまもわたしを信用してはくれない。  実績のないわたしの言葉などこれほど弱いのだ。  後ろから側近たちの不安が伝わってくる。  今日はただの嫌がらせで呼ばれただけではないかと思ってしまう自分がいる。  お父さまの後ろで立っているクロートと目が合った。  彼だけはわたしを心配しているようだ。  彼の手が挙げられようとしている。  ……そうよ、クロートなら助けてーー。  わたしはクロートに助けを求めようとする心を必死に止めた。  これでは何も変わらず、わたしは守られているだけだ。  その瞬間急激にわたしの中で憎悪に満ちたような感情が支配した。  自分の不甲斐ない姿に怒り込み上げてきて、全体を俯瞰して見られるほどの落ち着きが取り戻された。  クロートの手が挙がる前にわたしの言葉を出した。 「あら、わたくしがいつ失敗したのですか、シルヴィ・ジョセフィーヌ」  わたしは虚勢を張る。  懐に忍ばせていた扇子を開いて、大仰に振って口元まで持ってくる。  後ろの側近たちの息を飲むのがわかる。  わたしはこの重圧の中でハッタリをかますのだ。 「これは傑作だ。マリアさまはご自身の失敗に関してこの会議の間に忘れたと見える」 「口を慎みなさい、ナビ・ギルベガラン。わたくしはシルヴィに問いてますの。それに上位者の言葉を止めるなどと礼儀を知らないようね」 「──っ!」  わたしはなるべく冷たい眼差しでナビ・ギルベガランを見下ろし、すぐに興味なしと視線をずらした。  再度お父さまに視線を戻した。 「マリアよ、平民の件は失敗していないと申すのか?」 「はい。確かに今回上位騎士を数名亡くしてしまう事態にはなりました。ただ今回の件に関してはすべてが都合が良すぎるのです。シュティレンツでもわたしを罠に嵌めようとしたり、領土にとって良くない輩が入ったりと。これはすべてヨハネの策略の一つだと見ております。なのでこれは時間を掛けてでも解決すべき最重要事項。わたくしが後ろの二人を連れてきたのは謝罪のためではありません。今後の作戦を伝えるためです。それなのに最初からわたくしの話を聞かない者しかいませんので、ため息しかでません」  わたしはやれやれと首を振ってみせた。  まるでこちらが悪いのではなく、こちらの話を全く聞かない者たちが悪いのだと。 「それほど言われるのでしたら、何か考えがあるのですかな?」  ……掛かった!  これで全員がわたしの話を聞く姿勢になった。  ここから畳み掛けるしかない。 「まだ犯罪組織たちは役目を終えていないはずなので、この領土からまだ逃げてはいません。ヨハネの動きに釣られたわたしたちの動きを待っているはずです。まずは騎士団を派遣して全力で犯罪組織を壊滅させ、逆にわたしの手足となってもらいます」 「平民を配下にするだと? どういうことですかな」 「彼らを指揮するトップを捕まえて、今後はわたくしたちが組織を支配します。そのための方法はあります。そうですわね、クロート」  わたしの考えに少しでも気付けるのはクロートのみ。  クロートに話を振ってしまい、ここで知らないと言われればここでわたしは負けてしまう。  想いは通じてくれた。 「はい、確かにあります。姫さまの協力があれば可能な方法が。詳細については資料に纏めて報告させていただきます」  クロートがわたしの話に同意してくれたことで流れが一気に変わった。  だがまだ最初の関門を越えただけだ。  わたしの重要性をまだアピールしないといけない。 「この組織を使って嘘の情報をばらまいてヨハネを牽制します。そしてその間にジルヴィには会談の準備をしてほしいのです」 「ふむ。して、この会談の目的は?」 「もちろん、ゴーステフラートにヨハネに付くよりさらに利益があることをこちらが示すのです。たとえ経済が一気に発展しようとも、恩恵があるのは数年先の話。わたくしにはそれよりも即効性のある恩恵を与えられます。蒼の髪の伝承を」  これしか今考えられる方法はない。  どんなお金よりも欲しいのは魔力だ。  それならばわたしの伝承の恩恵をもらったほうが確実にいいはずだ。 「なるほど、もうすでにゴーステフラートの伝承についても調べがついているのか。ではマリア、今回の件はお前に任せよう。だがもし失敗したら、どう責任を取るつもりだ。これはもうごめんなさいで済む話ではない」  シルヴィの威圧にわたしは息を呑んだ。  わたしの取れる責任の取り方が思い付かない。  いやあるのだが、これはどうしても屈辱的なやり方だ。 「わたくしの夫を多夫にします。ゴーステフラートが居なくなった後の補填として、わたくしの魔力を受け継ぐ子が多くいれば足りるでしょう」  全員が息を呑んだ。  わたしだって嫌だ。  ウィリアノスさま以外に体を捧げないといけないなどと。  だが今わたしに取れる責任はこれしかない。 「ひ、姫さま、何をおっしゃているのですか!」 「落ち着けクロート! シルヴィの前だぞ!」  クロートは今までから想像できないほど声をあげて悲痛な叫びを上げた。  同じくシルヴィの文官がクロートを止めている。  だがこのままでは何をしでかすかわからないほど、追い詰められた顔をしていた。 「鎮まれ、クロート。マリアのことはお前が補佐に付けば万が一にも問題はないのであろう」  お父さまがクロートを見て言った。  クロートはお父さまの顔を見て頷いた。 「ええ、わたしが姫さまに協力をさせていただきます。絶対に成功させますのでご安心ください」  クロートも落ち着きを取り戻した。  お父さまもわたしに向き直り、再度確認する。 「ではマリアよ、今の言葉に嘘はないな」 「ええ、必ずわたくしがこの件を収めてみせましょう。そしてわたくしからもこの件を収めた暁にはお願いがあります」 「申してみよ」  わたしは一度深呼吸をして気持ちを整える。 「この場にいる方々はわたくしが次期当主になった時には永遠の忠誠を誓いなさい。マリア・ジョセフィーヌの覇道に付き従うために」  シルヴィを除く全員が次々と席を立ってわたしに向かって礼をした。 「「かしこまりました。我らの次なる主人よ」」  これにて会議は終わった。
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