第二章 騎士祭までに噂なんて吹き飛ばしちゃえ!

35/55
前へ
/259ページ
次へ
 四階は何とか大部屋だけは荒れてはいるが、中の人物たちは何かしらの方法を使って無傷だった。 「め、めちゃくちゃよ! こんな頭の悪いことするのはどこの誰よ!」  リーダーと思われる妙に艶かしい女性がヒステリックに喚いている。  頭の悪いという言葉にムッとしながらも、わたしは宣言する。 「あなたたちはもうおしまいよ! これ以上抵抗するならこちらも手加減はしません。速やかに武器を捨てなさい!」  わたしの言葉を何とも思っていないのか、女リーダーは余裕の表情で部下たちに命令する。 「あんたたち、前みたいにやっておしまい!」  黒いマントを着ている見るからに怪しい輩が五人ほど向かってきた。  その手には鉄の剣が握られており、殺意を持った剣がこちらに伸びてくる。  だがわたしの騎士の前では木の棒と変わらない。  セルランがわたしの前に立ってトライードで神速の振り抜きを行う。  気付けば襲ってきた男たちは、剣を切り裂かれ体をくの字に曲げて吹き飛ばされていく。 「なっ! ちょっと前来たやつらよりこいつの方が強いじゃない!」 「この程度の腕で上級騎士を倒したと思えないが、お前らなら何か卑怯な手を使ったのだろう。心して掛かれ、主人を侮辱されて平常でいられるほどわたしは出来た人間ではない」  セルランの殺気に女リーダーは一歩たじろいだ。  しかしすぐに平静を保ちながら、すぐに仲間に命令する。 「あんたたち、何をビビっている! あの方に借りた罠はたくさんあるだろ! 早く発動しな!」  敵が足元に手をやると魔法陣が浮き上がった。  魔法陣を発動できるのは貴族だけ。 「やはり貴族が絡んでいましたか」  魔法陣が発動して炎の濁流が四方から迫ってきたが、クロートは魔法でわたしたちの周りに淡く光る膜を作ることでその炎を完全に防いだ。  魔力量に差がありすぎるので、特に工夫もなく防げるのだ。 「嘘でしょ。何なのよこいつら。どうして魔法が全く効かないのよ」 「不意打ちだから上級騎士を倒せただけでしたか。では覚悟してもらいましょう」  クロートとセルランが前に出て女リーダーを捕獲しようとする。  その瞬間大きな風が吹いた。  一瞬風のせいで目を閉じて開くと、また一人フードを被った人間がやってきた。 「お前たちは顔が割れては困る。早く逃げろ」  どうやら魔法を使える貴族たちを指揮する立場の者のようで、同じくフードを被って女リーダーを守っていた人間たちは頷いて、鳥の姿をした騎獣の前足を掴んで空を飛んだ。  竜にしてしまうと所属の領土が分かるため、魔力量を抑えられる鳥へと騎獣を変えているのだ。 「そうはいきません」  クロートもただで逃す気はない。  魔法を連発で唱えて逃げるのを阻止する。  だが後からやってきたフードの男が攻撃を妨害するため、火の魔法で水の連射を止める。  かなりの魔法の使い手のようで、クロートの攻撃がすべて弾かれる。  だがセルランがもうすでにフードの男の前まで来てトライードを掲げていた。  流石にセルランの攻撃までは避けられないと思っていたが、難なく懐のトライードを取り出して、片手でセルランの攻撃をいなしていた。  セルランは油断せず何度も斬りかかるが、それでも一太刀とも体に触れることはなかった。 「さすがは称号を持つ騎士だな」 「このわたしの剣を見切っているだと!? 貴様、何者だ!」  セルランの言葉にフードの男は口をにやけさせるのみ。  クロートの魔法を防ぎながら、セルランの攻撃をいなすなど常人を超えている。 「そこにいるのはマリアさまか。ちょうどいい、今ここで障害を無くせるとはな」  フードの男からわたしに殺気が放たれた。  一瞬で鳥肌が立ち、この男はわたしを本気で殺そうと考えているのがすぐにわかった。  セルランもわたしへの殺気に気付いてさらに攻撃の手を強めた。 「貴様ぁあ! 誰に殺気を向けている!」  セルランのトライードが何度も振るわれる。  そのフードの男は一歩下がって、トライードに魔力を込めるとどんどん刀身を大きくして、この大部屋一帯を輪切りにできるほどの大きさまで伸ばした。  そしてその一閃はセルランを含めて全員を殺すために横薙ぎに振るわれた。 「しゃがめ!」  セルランとクロートは一瞬でそのトライードの危険性に気付いて、少しでも速度を鈍らせるためにトライードをぶつけた。  だがそれでも人間とは思えない腕力があるのか、クロートとセルラン二人のトライードでも少しの遅延があったのみで簡単に弾かれた。  外がむき出しになっているため、二人を止める壁はなく外へと放り出された。 「姫さま、危ない!」  ステラが間一髪でわたしと一緒に床に伏せたのでどうにか頭の上を剣が通り過ぎるだけとなった。  まさかセルランとクロートを簡単に倒してしまうとは思わず、この敵の恐ろしさにわたしはただ怯えるしかない。 「いい顔だな。もう少し見ておきたいほどいい顔だ。だがこれ以上はやめておこう。あまり眠れる獅子を起こしたくはない。深追いは厳禁だ。では逃げるぞ、お前は今後も役に立ってもらわねばならん」  フードの男はこちらを追撃せずに女リーダを右腕に抱えて連れて行く。  このままではこの件の首謀者全員に逃げられてしまう。  それだけはしてはならない。  わたしはステラがこちらに気付くよりも早く走り出して、弱い魔法を放った。
/259ページ

最初のコメントを投稿しよう!

468人が本棚に入れています
本棚に追加