いとしのカンパニュラ

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「風佳。風鈴草の花言葉って知ってる?」 「え?」  阿貴の唐突な行動と言葉にぽかんとしていた風佳だが、次の瞬間には口元に微笑を灯した。 「阿貴って女性なら誰でも憧れるくらい格好いいのに、たまに乙女なところがあるよね」 「うるさいよ」 「私、阿貴のそういうところがすきだよ」  純真に見上げる瞳から目を逸らすには、あまりにもったいなさすぎた。心臓の柔い部分を爪で引っかかれたような痛みを無視し、お得意の曖昧な笑みを浮かべる。 「花言葉は知らないなあ。なにがあるの?」 「誠実な愛」  手折った一輪を風佳の眼前に突き出す。青白い花とおそろしいほど真剣な顔をした阿貴を見比べて、風佳は困ったように微笑んだ。 「……手折っちゃかわいそうだよ」 「いいんだよ。ここは私の家だ。この家の中だけは、私の自由にできる」 「なにそれ」  かすかに笑う風佳は、やはり困った眼差しで風鈴草を見つめる。他でもない自分が彼女にそんな表情をさせていることを知って、阿貴は心の中で苦く笑った。胸の内でじわりと広がる感情が、後悔なのか歓喜なのか、考えるだけ疲れる。 「風佳に似合うよ」  一方通行の花を空いている膝の上に無理やり乗せて、隣にどっかりと腰を下ろした。スラックスの尻ポケットから取り出した煙草に火をつけ、有害物質を限界まで取り込む。胸の内で渦巻く無様な感情を掻き消すように、口の中でじわりと苦みが広がった。 「私、馬鹿だよねえ……」  林檎の代わりに一輪の風鈴草を抱き締めた風佳の瞳には、みるみるうちに涙の膜が張った。風佳が座る反対側の闇に白煙を吐き出す。その間に、それはほろほろと頬を伝ってテラスの床に染みを作った。阿貴はただ黙って煙草を吸った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加