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いとしのカンパニュラ
エンジンを切ると、マールボロ・メンソールの先端に明かりを灯した。
たっぷりと肺まで循環させて、白煙を吐き出す。ヘッドライトの先では、父親の名義で所有している別荘が、闇の中から浮かび上がるようにして聳えている。
三本目のマルメンを灰皿に押しつけて、車から這い出た。回りこんで助手席の扉を開けば、運転中からずっと、ネジを巻き忘れたからくり人形のように呆けていた女が、はっとしたように顔を上げた。
「阿貴、ほんとごめん。私、なにやってるんだろ。東京に就職した阿貴をわざわざ呼び出して……」
「いいから。とりあえず降りて」
矢継ぎ早に飛び出る謝罪を無視し、腕を掴む。途端に風佳はうっと苦悶の表情を作った。舌打ちをする。無性に煙草を咥えたかったが、別荘に入るまでは我慢することにした。
「ほら」
手を差し出すと、風佳はおそるおそるといった様子で掴んだ。それでも及び腰な彼女の手をしっかと掴み、玄関の扉を片手で器用に開けた。ホールを抜け、辿り着いたリビングの皮張りのソファに風佳を座らせる。つい先だっても利用していた別荘は、まだ人のぬくもりが残るようだった。カビ臭くはないが、閉め切っているせいでむん、とした熱気が充満している。吹き抜けのリビングには月の光が降り注ぎ、真円を描くようにしてしらしらと青白く発光している。それでも手元は頼りない。照明をつけようとした手は、風佳の頑なな声に止められた。
「ごめん。つけないで。月明かりでもじゅうぶんに明るいから……」
今度はソファの上に鎮座する事切れた人形のようになった風佳へ、あからさまな溜息をつく。
「じゃあ、明かりをつけない代わりに、服を脱いで」
その交換条件に風佳は目に見えたたじろんだが、仁王立ちになった阿貴を見上げて、諦めたようだった。オフホワイトのブラウスのボタンを、震える指先で外していく。露わになった白磁の肌には、毒々しい色をした痣が無数に散っていた。
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