708人が本棚に入れています
本棚に追加
「ち、違うから! 勝手に祐也さんが言ってるだけだから!」
「え? 祐也さん! 一ノ瀬さん、誰に恋煩いなんですかっ!?」
人の話を聞けよ、コノヤロウ! そう言いたいのはやまやまだけど、頭と口がうまく連動しない俺は、いつも口出すタイミングを逃してしまう。
その間にも、祐也さんと森野さんの間では、完全に俺が誰かに恋をしているという話で盛り上がっている。本気で勘弁してくれ!
俺は半ばやけくそになり、机に乗っかっているジョッキを手をにし、グイとあおる。キンキンに冷えたビールはあれほどうまいというのに、少しぬるくなっただけでうまさは半減してしまう。あぁ、ぼんやりしていたせいで損した気分だ。
「あ、空いた。もう一杯いきますか?」
森野さんが聞いてくれる。俺はお礼を言って、お願いした。森野さんはその後、他のメンバーのリクエストを聞きにこの場を去る。彼女はここでは一番新顔になる。だから、率先してあれこれとよく動く。
アプリーレでは、力仕事以外では、男女の区別はない。新人は自分より古株に世話を焼く。そういったことがずっと引き継がれている。もちろん俺も、新人の頃はヘロヘロになるくらいこき使われた。やっと今では中堅という立場だ。森野さんや、サトウ企画の若い新人がパタパタと動いているのを見ると、懐かしい気持ちになる。
「でさ、僕、護の恋を応援したいんだけど」
「……結構です」
腕をツンツンとつつかれて横を見ると、祐也さんがヘラリと笑って俺を見ている。まだこの話、続いてたのか。
永井さんは困ったように笑いながら、そっとこの場を離れた。
「俺は恋なんてしてません! なんでそんなこと思うんですか? 意味がわかりません」
そう言うと、祐也さんは唇を尖らせる。こんな風に拗ねてもサマになる男って、なんなんだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!