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第3話 松本隆太
数日前、とあるネットニュースを見かけた。
ある金持ちの社長が次の宇宙旅行に立候補したらしい。宇宙飛行士でない民間人が宇宙旅行に行けるようになったのってたぶんはじめてのこと。高校のクラスでもその話で持ち切りだった。俺、松本隆太はその輪に混ざって、少し冷めた態度で話を聞いていた。
「なぁ、もうすぐ宇宙に行けるのかな?」
「宇宙旅行ってさ、憧れるよなぁ」
「ねぇねぇ、伽耶子はどう思う?」「ん?」
伊藤伽耶子。うちのクラスの女子の中でももっぱら頭が良い。
「そうだなぁ、でもちょっと怖いかも」「どうして?」
「宇宙人に出くわすかもしれないでしょ?」
「SF映画の見過ぎだって、そんなことあるわけないじゃん」
「どうして言い切れるの?」
「みんなして探してるもんをどうして俺達みたいな素人が遭遇できるんだよ?」
クラスの男子はため息混じりにいう。確かにそうだ。宇宙人はもう何年も前から捜索されてるらしい。地球のそばでウロウロしてるなら、現代のテクノロジーをもってすればとっくに見つかってる。っていうか見つかってないほうがかえっておかしい。
「そうとは限らないわ。知ってる? 海の中ってまだ人類未踏の地が13%も残ってるんだって」
でたでた。科学オタクの頭が痛くなるような豆知識。俺達は心底うんざりして話を聞き流してた。
「そこでは今でも、人が見たことがない未確認生物が発見され続けてる。現代科学なんて所詮はその程度。地球でもそんな状態なのに、どうして宇宙に限ってないって言い切れるの? ねぇ?」
「え?」伽耶子が俺の方を見つめてきた。「隆太はどう思う?」
「……俺は」
「やめろよ。隆太は宇宙のことだいっきらいじゃん」と、妙な援護射撃をしてくる仲間の男子。まいったな。強気にはねつける伽耶子。
「口を挟まないでくれる。私は隆太に聞いてるんだから」
「宇宙人なんているわけないよ」
俺がぴしゃりというと、妙な沈黙に包まれた。俺が居心地の悪い空気に仕切り直すようにしていう。
「俺は、個人的にそう思う。伽耶子みたいに詳しいわけじゃないけど」
「どうして?」「なんとなく」
「意味わかんない……ねぇ、一穂?」
猪瀬一穂。俺の幼馴染の女子でクラスメイト。だからか、伽耶子は理解を求めたのは。
「うーん。私もわかんないけど、でも隆太は本心じゃそう思ってないかも」
「なっ……!」
「ほら。やっぱり」したり顔の伽耶子。俺はいう。
「……いたとしても、お互い会って得することなんて、何ひとつないさ」
「あっ、またそういうこと言う!」と、悔しそうな伽耶子。苦笑してクラスの男子はいう。
「でもさ、宇宙に行けるとか単純に憧れねぇ?」
「俺達には遠い未来だと思うぞ」
「わかんないぜ、俺達だっていつか宇宙にいけるかも……」
「ばかばかしい」「なんだよ隆太?」
何にせよ、俺には縁のない話だ。だって、俺の一生分くらいの間にはまだ金持ちの道楽に違いないんだろうから。
「俺、バイトだから」そう捨て置いて、逃げるように教室から出た。
下校。仲間がみんな部活動をやってる最中も俺はバイトで忙しかった。
それもこれもみんな父さんが悪いんだ。
うちは貧乏な父子家庭だった。だから高校も奨学金を貰って何とか進学することができた。貧乏な家が恨めしい。そんな風に思ったのは今にはじまったことじゃない。
「宇宙か……」
そんなことを考えていたときだ。突然電話がかかってきた。誰だ。バイト先の店長かな。
「はい?」
「"マイネームイズ"ジェイコブでーす! 薄幸な少年の松本陸太君ですか?」
「だ……誰?」
「ハッピーサプラーイズ! 私は、ジェイコブ。君の上司になる男さ。君はめでたくうちのオペレーター計画のパイロットに任命されたんだ。これは驚くべき倍率の中を掻い潜ってきたんだぞ!?」
「い……意味がさっぱり……ははは」
「とにかく! 君は宇宙に行く権利を得ました! いますぐに――」ブツッ――!
俺はすぐに電話を切る。
「危ないところだった……」
今時の勧誘って手が込んでるな。俺はスマホをポケットに突っ込んでバイト先に急いだ。
* * *
数日後のある日のこと。
登校してくるなり後ろの席の一穂が調子良さそうに鼻歌を歌っていた。なんだか気持ち悪いな。そんなことを思いながら席に着く。そうしたら、背中越しに話しかけてきた。
「ねぇねぇ、隆太」「ん、ああ。おはよう」
「ん。宇宙の奴みた?」
「ああ」今朝方、例の社長がマスコミにコメントした映像が朝のニュースで流れていた。そのことを一穂は言ってるんだと思った。「見たよ。まあ普通だったけど」
「確か月を一周してくるんだってさ。すごいよね。人類が月面着陸したのがだいたい50年位前で、今日のこれ」
「あと50年後くらいには民間人も宇宙旅行に行けるかもな」
「あっ! もっと早いよぉ……」
一穂は機会を見計らったようにいう。
「ねぇ、おじさんもワクワクしてたでしょ?」
「うるさいなぁ」
一穂は幼馴染だから、俺んちの事情にも詳しい。
「親父は頭がおかしいんだよ」
「うんうん。おかしいんじゃなくて面白いんだよ!」
「……どっちも一緒だ」
「隆太だって興味があるんでしょ?」
「別に……ちょっと気になっただけだよ」
「血は争えないね」「馬鹿言うな」
「ほらー! お前達ホームルーム始めるぞ!」
「わわわっ!」
「……」
数日後の昼休みだった。バイト疲れで机に突っ伏してると、突然校内放送が鳴った。
「生徒の呼び出しです。松本隆太さん。すぐ、校長室に来るように」
「え……?」
耳を疑った。確か今俺の名前を呼んでたよな。辺りを見回す、クラスの男子と目が合う。
「隆太、今?」
「こ……校長室!? 隆太お前何かしたのかよ!?」
クラスメイトがひそひそと何かを話してる。俺は立ち上がった。
「……いってくる」
なんだか知らないけど、何かの間違いかもしれない。俺は仕方なくクラスを後にした。校長室の前にやってくると、扉の前にはは物々しい黒服グラサンの男が立ってて俺の名前を確認してきた。俺は思わずゾッとして後ずさりする。男に通されて俺は校長室に踏み込んだ。そして、目の前の光景に思わず声をあげそうになった。
「隆太!」「父さん、どうしてここに?」
「話があるってんで遠路はるばる足を運んだんだ」
「……!」
なんて、父さんはニヤニヤ顔でいう。何か裏がある。そう思ったんだ。
俺は父さんとソファに腰掛ける。対面する形で校長と、それから物々しい黒服スーツにサングラスをかけた屈強な二人の男が腰掛けている。なんなんだよいったい。ひとりが懐から何かを取り出した。ゾッとして身構える――――ただの名刺だった。
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