おまけ話。

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      まだ十年そこそこしか生きていない、ちっぽけな世界しか知らないリョクは、どこまでも雄大に続く果てしない空を眺めながら、宇宙よりも広大な暦への愛情を掌の中にめいいっぱい詰め込んで、それを窓から振り撒いた。  目には見えないリョクの想いは、風に乗って、暦の心へと届いてくれただろうか。  想像で泳ぐ事は出来ても、想像だけでは補えないものもある。  伸びすぎた髪の毛を切るような感覚で、森林を伐採するような力強い気迫で、人間の成長も一瞬にして止められたら良いのになと願いながら、リョクは暦に『早く森島と一緒にプールで泳ぎたい。楽しみすぎて待ちきれない』という内容のラインを送信した。  見栄を張る為に嘘をつくのは簡単だ。  簡単だけれでも、とても後ろめたくて、窮屈だ。  だから、そんな嘘はいらないよと言ってもらいたいような気持ちも、心の片隅に腫瘍のようにして植え付ける。  暦を好きという気持ちだけは嘘偽りのない正直な感情だから、絶対に見破られはしないという自信を持てる。  リョクはどこまでも晴れ渡る、蒼海のような青空を見上げては、ゆったりと流れる真っ白い雲に訊ねた。  なぁ、どうやったら、そんなに長時間、浮いて泳いでいられるんだ?  暦の心の中に、まるで底無し沼のように深く溺れてしまったリョクは、このまま嘘を貫き通して、暦の見ている前で上手に泳げるのだろうか。 『ぼくも楽しみだよ』という暦から返信されたラインを読んで、明日は暦とプールでデートする日に備えて、大きなビーチシートを買いに出かけようかなと、リョクは目尻を(たる)ませながら口元を(ほころ)ばした。    ♚ ━━━ Fin ━━━ ♚        
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