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「坂谷君、両手をだして」
「は? 両手?」
訳も分からず、言われるままにリョクが両手を差し出すと、暦の両手に優しく包まれました。
「こうやって、ぼくと一緒に泳ぐ練習しよ? 最初はバタ足から。坂谷君が沈まないように、ぼくがずっと坂谷君の両手を掴んでいるから。坂谷君が泳げるようになるまで、ぼくの両手に捕まりながら泳ごう」
人はあまりの幸運に遭遇すると、硬直してしまうものなのでしょうか。
リョクの体温が瞬く間に上昇してゆき、感激に浸っていても、無表情と無言のままでは無愛想に突き放されたのだと勘違いされてしまいます。
暦はでしゃばりすぎた真似をしてしまったかなと不安になり、臆病に俯いてしまいました。
「あ、ごめんね。そんなふうに泳ぐのは恥ずかしいよね。ぼくの両手じゃなくて、浮き輪かなにかに捕まりながら泳ごっか?」
手を離された寂しさを即座に埋める為に、消極的に引っ込めた暦の両手をリョクが強引に掴んでは握り締めます。
「浮き輪なんていらねーよ! 森島の手に捕まる! つーか、ちっとも恥ずかしくなんかねーし! むしろ森島と手を繋げてラッキーだし!」
いつだって、
こんなにも一喜一憂してしまうのは、
最も大切で、愛して止まない存在を絶対に失いたくはないからだ。
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