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それぞれのパーツは似ているのに配置なのか表情なのか、兄ほど垢抜けられなかったが、以前の自分と比べるとそれなりにはなっている。長かった前髪を短く揃え、姿勢を正す。それだけで変わるのだから不思議なものだ。むしろそういった小さい部分が滲み出るのが内面の差なのかもしれない。
入学して1ヶ月、ガイダンスばかりであった授業が通常授業に戻りつつある中で、臼田は静かに絶望していた。
「中退するか……」
「バカすぎ。お前ぐらいだわそんな退学理由」
ぼそりと告げた臼田に冷めた視線を送るのは同室の鳳だ。二段ベットの下を陣取ってスマホを弄りながら、まだダンボールの中身を片し終えていない臼田を蔑む。ダンボールを開いては閉じ、閉じては開く。もうこのまま実家に送り返してやろうか。と、思ったがあの田舎に帰るのもそれはそれで地獄だ。
「……半分冗談だし。あとそこ、俺のベッド」
「半分は本気なのに引くわ。上行くのめんどいんだよ、つーかなんで1ヶ月も経つのにまだ片付け終わってねえの?」
「……そんな言わんでもよくない」
「いや入学まで男子校だって気付かないのはやばいよお前、そんでまだうだうだ言ってんのも、そもそもここに来た志望理由もやばい」
「そんな! 言わんでも! よくない!?」
ひとつ言えばみっつもよっつも口撃が降ってくる。ズケズケと傷口を抉ってくる鳳はいけ好かない奴ではあるが、今まで無視され続けていた学校生活より幾分かマシだ。透明人間のように扱われたりはしないし、むしろ寮生活においても学校においても、何かと鈍臭い臼田を構ってくれるのは鳳だった。
1ヶ月前、浮かれて何も話を聞いていなかった入学式。その数日前に入寮時に挨拶を交わしていた鳳は、すれ違う男子率の高さに疑問符を浮かべる臼田に衝撃の事実を告げた。混乱のあまりうっかり口を滑らせて、鳳に志望動機を話したのだ。
「……片付け苦手なんだって」
「むしろ何が得意なんだよ」
「……」
そんな言わんでもよくない? 得意なもの、と言われてハンドスピナーが浮かび、口にしそうになって止める。これは馬鹿にされるやつだ。
こいつに口論では勝てない。諦めて口を噤む。容姿も部屋も整っている鳳を一瞥してまたダンボールに手を掛けた。
つーかお前は共学行っとけよ!
的外れな文句さえ口にすることは出来ない。この寮生活、学校生活において友達づくりも難なくこなす鳳のお零れに預かっているのは紛れもない俺だ。それはそれとして、腹が立つのは別問題なので脳内で罵倒を繰り返す訳である。
「あ、お前どうせ食堂のICカードの申請やってないだろ。やっといてやるからスマホ貸せ」
……それそれとして、だが、良い奴ではあるのもまた事実だ。
「すみません……お手数おかけします……」
「そこはありがとうでいいよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
なんというか、人間が出来ている。連絡先もほとんど入っていないスマホを鳳に投げると慣れた手つきで操作を始めた。大した中身ではないためロックも掛かっていなかったスマホは、鳳の勧めによって最近ロックがかけられた。面倒だと伝えたが、少ないとはいえ個人情報が入っているものを不用心に扱うなとのことだ。その通りだと思い設定まで手伝ってもらったのが先週の話。人間が出来ている。腹立つけど、同室が鳳じゃなかったら正直ガチで中退していた可能性があるのが恐ろしい。言わないけど。
「お前また兄貴から連絡来てるよ」
「あー、返事しといて」
「お前さあ……末っ子だよなマジで……」
深い溜息と共に不可解な言葉が落とされる。家族に向けてもそこまで我儘も言った記憶は無い。よく喋る兄貴とは違い、家でも俺は存在感がなかったので、末っ子と称されて意外だった。いや末っ子なのは紛れもない事実なのだが。一方でなんだかんだいいつつもやってくれる鳳は長男だ。いや、実際に長男かは知らないけど、長男気質なんだろう。それを横目にダンボールに手を伸ばすが気が乗らず本日も作業は進まない。あー、明日から数学が始まる。
ふと、乱雑なダンボールの中に挟まっていた栞が目に付いた。三つ葉のクローバーが押された、簡素な手作りらしき栞。
誰に貰ったんだっけ。
薄れた記憶の端に、自分に笑いかける人物が見えた気がしたが、直ぐに消えていく。こんなものくれるくらい仲のいい人なんて、居ただろうか。思い出そうとしても記憶の人物は返事をくれない。幸せの四つ葉でもない、ただのクローバー。昔から誰にとっても自分は特別なんてことはないんだろうな、そう思って自嘲する。きっと、“幸福”の四つ葉で作った栞のついでだったんだろう。誰からも目を引かれない、雑草だ。
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