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雑草ぐらし
臼田は、小学校の6年間と中学校の3年間をただただ地面だけを見て過ごした。家から徒歩12分、隣接する小学校と中学校を耐えて耐えて耐え切って、ようやっと卒業までありつけた。5年間の高等専門学校への進学のため、この春、小さな田舎町から飛び出す。そして臼田は決意をした。
そう、今度こそ。
今度こそは。
「モテたい……っ!」
臼田はモテたかった。それはもうモテたかった。同学年の一軍男子共のように、誰が可愛いだとか、どこ中の誰々とデートをしただとか、そういう、そういう話がしたかった。
臼田は自分が嫌いだ。目付きが悪くて、猫背で、声が小さい。そんな自分が嫌で、目を伏せて前髪を伸ばした。気付けば見ているのは地面ばかり、周りの声に耳をすませて、心の中で相槌を打ちながら、それでも、臼田は顔を上げることは出来なかったのだ。
現状を変えるのに一番手っ取り早いのは環境を変えることだ。この町では、自分は透明人間のようだった。誰からも認識されず、なんの影響も与えず、ただ存在するだけ。この小さな町の小さな世界で、ぼんやり臼田は思う。例えば、この町には結界のような何かが張ってあって、一歩そこから踏み出せば、臼田 大和という透明人間が、踏み出したところからジワジワと姿を現すような、そんな。
手に持っていた参考書を見つめてハッとする。寮への引越しに当たって、部屋の断捨離も一緒にやってしまおうと必要のないものをダンボールに詰める。もうこの受験用の参考書も必要ないだろう。
これから臼田が通う高等専門学校というのは、普通の高校とは違い、5年制の商業学校である。高専卒業後はそのまま技術職への就職が決まりやすいということ、入寮しなければいけないこと、奨学金制度があったこと、車で2時間ほどではあるけれど、隣の県だということ。透明人間からの卒業において、臼田はここ以外の選択肢を持ち得なかった。
臼田は死に物狂いで勉強をした。女の子と遊び回っている一軍男子よりも臼田は勉強が苦手だった。友達が居ないのに勉強も出来なかった。単純に勉強が嫌いだった。休み時間も放課後も、臼田はハンドスピナーだけをしていた。
そんなハンドスピナーを引き出しの奥にしまい込み、臼田はシャーペンとノートを手に取った。何を理解していて何を理解していないのかすらも分からないため、ひたすら過去の問題集を繰り返し解いた。分かる問題、分からない問題が浮き彫りになると、臼田は分からない問題を兄に聞いた。兄は4つ離れており都内に住む大学生だ。臼田とは違い、昔からカースト上位に所属する兄のことは苦手だったが、テレビ通話を駆使して分からない問題を解決していった。
臼田は、職員室がなんとなく怖くて質問に行けなかった。
兄は普段素っ気ない弟に頼りにされたことに舞い上がり、大学1年目の冬という、カースト上位にとっては大学生活に慣れてきたそれはそれは楽しい時間を弟に捧げた。兄は、シンプルにブラコンだった。
かくして、臼田は希望校への合格を手にし、この町から、透明人間である自分からの脱却の足掛かりに成功したのだ。
「取り戻せ、青春を!」
立ち上がった臼田はまだ気付いていない。
これから自分が入学する学校が、男子校だということをーーー。
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