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「こーちゃーん! 朝ですよー!」
彼女が僕の名前を呼ぶから、朝が来ていた。
夢と現実の境目で微睡む中、彼女の歌うような優しい声が曖昧な思考と絡み合って、何とも言えない穏やかな空間を作る。
この空間は結構心地がいい。だからわざと返事をしない。彼女が強硬手段に出るまで、布団の中で身をよじり、窓の鍵を開けたままにしておくだけ。
「もー……しょうがないなぁ。今日で最後なのに」
彼女の声色は全然しょうがないなんて思ってなさそうだった。
ばちん、とベランダで何かが着地したような音がする。互いの家の間に存在するたった数十センチの隙間を、大きな白猫が飛び移ってきた音だ。
白猫というか、白い女の子なんだけど。
カラカラと控えめに開けられた窓。キシ、キシと足音がして、それに併せて今日も心臓がトクトクと鳴った。
今日で最後だってことなんか、忘れてしまったみたいに。
彼女が布団を剥ぐから、今日が始まる。
眩しくて目を細めると、数ミリの視界の中で白い彼女が朝日に溶けていた。
「おはよ、こーちゃん」
「おはよう、サラ」
彼女はいつも僕のベッドに顎を置いてニコニコ笑っている。僕がその頬に、おはようってキスをするまで。そうしたら彼女もキスを返す。
家が隣同士で、朝はこうやって起こしてくれて、その頬にキスをし合う程度の仲。登校も下校も、付き合ってるのか詮索されるのも一緒。
この関係は親友、幼馴染、はたまた恋人とでも言うんだろうか。でも、僕たちの関係に明確な名前はなかった。
「最後の日くらい、自分で起きてよ」
「仕事は最後までやり遂げさせてあげなきゃと思って」
「ふふ、じゃあ皆勤賞だ。ご褒美はない?」
「いいよ。じゃあちゃんとしたキス、しようか」
鼻先10cmと少し。彼女の綺麗なブルーグレーの瞳がぱちくりと瞬きする。
本当にキスしたかったわけじゃない。その真っ白い肌が真っ赤に染め上がるのが見たかっただけだった。彼女が僕にだけ見せてくれる、素の部分。
案の定、彼女は冗談言わないでよと、お約束の顔をしてくれた。
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