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執事と館
17
「セレス医師は、もう来たのか?」
ワイングラスにシャルドネを注ぐ執事へと、オーガストが訊ねた。
「はい、さきほど。リリアン様のご容体は、もう心配ないとのことでした、旦那様」
「ならば予定通りに、ロンドンへ発つことにしよう」
「かしこまりました」と静かに応じ、執事はオーガストの皿のハムに、ベリーソースをかける。
そして「不意に思いついた」とでもいうような調子で、こう続けた。
「右翼にお泊まりのご婦人のことですが……」
「ああ、彼女なら、さっき廊下で行き合った。『チャイニーズルーム』を気に入ったと言っていたよ」
「それは、大変結構でございました。この午後は、メレディス様に庭を御案内するよう、庭師に申しつけております」
「それは良い。エヴァンズ、留守中はくれぐれも頼む。客人のもてなしと……」
「旦那様」
執事が静かに言葉を挟んだ。
「どうぞ御心配なく。間違ってもリリアン様のお姿が、客人のお目に触れることなどございません」
皿から目を上げ、オーガストは執事へと視線を向ける。
そして、その髪に、もう随分と白いものが混じっていることに、今さらながら思い至った。
それもそうだろうな……。
僕が生まれる前から、エヴァンズは、ダチェットにいるのだから。
そう噛み締めて、オーガストは、執事に頷いてみせる。
「当然のことながら、僕はお前を信頼しているよ。エヴァンズ」
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