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無論、アンテソープの広大な敷地は、半日やそこら庭師に案内されたからといって、見終えるようなものではない。
その後も、アンは、しばしば庭を散策した。
館の中をうろついて、執事の注意を引きたくなかったせいもある。
エヴァンズさんには、私がおとなしく言うことを聞いていると思わせておかなくちゃ……。
そうしておいて、あとでゆっくりと「館の謎」を探らせてもらうわ。
半ば面白半分ではあったが、アンは、そんな「はかりごと」めいた考えを巡らせていたのだった。
とある昼時のこと。
庭から館へと戻り行く途中、玄関の車寄せに停まる四輪馬車に、アンの目が留まった。
お客さま……ではないわね?
キャリッジの荷台に積み上げられていく荷物には、どこか見覚えがあった。
あれは、ダチェット伯爵のトランクじゃない?
まあ、まさか、またどこかに出かけるというのかしら?
つい何日か前、ロンドンから帰ったばかりなのに。
アンの足が、馬車へと向く。
「こんにちは、それって伯爵のお荷物かしら?」
アンの問いかけに、そばかす顔のフットマンが白い歯を見せて笑った。
「はい、メレディス様。旦那様のお荷物です」
その屈託のない笑顔に釣り込まれるようにして、アンがさらに訊ねる。
「伯爵は、どちらかにお出かけになるの?」
「これからロンドンへお発ちになります。メレディス様」
ごく素直にアンに応じ、フットマンは、新たなトランクへと手を伸ばした。
アンは、自分が仕事の邪魔をしていることに気づく。
フットマンへと短く礼を述べ、慌ててその場を離れた。
玄関ホールへと足を踏み入れた途端、アンは、執事とばったり鉢合わせた。
今のを……見られていたかしら?
なぜかひどくドギマギした。
けれどアンは、自分にこう言い聞かせる。
いやね、どうして? 私ったら。
別に、何も「悪いこと」はしていないでしょう?
そして、執事の目をまっすぐに見ると、アンは言った。
「エヴァンズさん、伯爵がロンドンへお発ちと聞きましたわ? つい先日お戻りになったばかりですのに……」
「さようでございます、メレディス様。旦那様は、御多忙でいらっしゃいますので」
ごく慇懃に、そして表情も変えず、エヴァンズはこう返した。
「あの……エヴァンズさん。もしかして伯爵は、私をここに連れてくるために、わざわざ……」
たしかダチェット伯は、ロンドンのチェルシーに、立派なタウンハウスをお持ちのはず。
こんなにすぐ出向く用事があるのならば、ずっとロンドンに滞在していれば良かったはずよ?
なのに、領地へ戻ってきた。
もしかして、ただ私を連れ帰るためだけに、そうしたの?
「気にしないでくれ、ミス・メレディス」
オーガストの声がホールに響いた。
「もともと、僕は一度、ここに戻るつもりだったのだ」
そう言いながら馬車へと向かっていくオーガストに、執事が、帽子と手袋を差し出す。
滑るように優雅に、オーガストが馬車へと乗り込んだ。
そして、扉を閉めに近づいた執事に向かい、「後は頼む」と言い置くと、御者へ出発の合図を出す。
アンが、ひとことも挟む間もなく、オーガストを乗せたキャリッジは、車寄せのスロープを軽やかに駆け下りていった。
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