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「どこかに腰掛けようか」と言う提案すら、互いに口にしないまま、かなり長い時間、オーガストとシェスタベリ伯爵は、立ち話に花を咲かせていた。
しかし、その長い会話は、シェスタベリ伯の友人が「別の夜会へ流れよう」と声を掛けに来たのを潮に、とうとう終わった。
場内の騒がしさと人いきれのせいなのか。
去っていくシェスタベリ伯の背中を見送った直後、オーガストは、どっと疲れが噴き出すのを感じた。
「夜会での噂話」などと、まずもって慣れないことをしたせいだろうな。
オーガストは、溜息を洩らす。
後になって考えてみれば、シェスタベリ伯は、あたかも、オーガストが夜会に現れた目的を知っていたかのように、巧みに話を運んでいた。
まず馬を褒め。父の名を出し。
そして、本題……。
オーガストは、シェスタベリ伯のムードと話術に、すっかり「乗せられて」しまっていた。
なるほどなるほど。
こんな風にして、シェスタベリ伯は人を「たらし込んでいる」のか……と。
そう感じながらもオーガストは、シェスタベリ伯に対し、まったくもって厭な印象を持てなかった。
まさにこれこそが、社交界随一の人気者であるシェスタベリ伯の「魔力」というものなのだろうな?
ともかく、「目的」は早々に果たしたのだ。
こんなところは、引き上げるにかぎる。
心中で、そうひとりごちながら、オーガストは、そのまま夜会を抜け出し、まっすぐチェルシーのタウンハウスへと帰っていった。
***
シェスタベリ伯爵アレックス・マクラクラン卿は、別話「ホーソーンの庭で」に、バリバリ出てくるダンディオヤジです
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