主の帰還

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主の帰還

20 執事エヴァンズが、アンの食事中に姿を見せることは、まずない。 しかしながら、食事前か食事の終わる頃には、必ず「チャイニーズルーム」に現れた。 客人に礼を尽くすため、挨拶に来ているのだと、そう思えば、良いのだろう。 だがアンは、どうにもそうは思えない。 「このお部屋の美術品に何かあっては」と思って、確認に来てるんじゃないのかしら?  壊されたりしてはいないだろうか? って。 もしかしたら、私が何か盗むかもしれないと心配しているのかもしれないわね。 イヤだ、私ったら。 ああ、なんてひねくれた考え方なの? アン・マリア・メレディス。 貴女はいつから、そんな卑屈でみっともない人間になってしまったの?! そんな風に、アンは自分自身に憤る。 アンの疑心暗鬼の理由は、エヴァンズの慇懃無礼過ぎる態度にあった。 本心のまるで見えない声音、表情の変わらない顔つき。 自分が、本当はひどく疎んじられているのではと、そんな疑いが頭をもたげて仕方がなくなる。 よく考えてみれば、ここへ来てから私は、ほとんど誰とも会話らしい会話をしていない。 自分がそれほどまでに社交的な人間だとは思わないし、独りが苦痛な性質でもないけれど。 だけど、いま、私はとても孤独。 ひどく、孤独を感じてるんだわ―― アンは、そう腑に落ちた。 ある朝、アンは意を決して執事に問う。 「あの、エヴァンズさん。このお屋敷には読書室はありませんの?」 「チャイニーズルーム」を、静かに見回していた執事の目線が、ふと止まる。 「なにか、お探しの本でも? メレディス様」 「え? ええ。ほら、このお部屋には素晴らしい東洋美術の数々があるでしょう? だから美術書を読んでみたくなったの」 「よろしければ、わたくしが幾つか見繕って、お部屋にお持ち致します。もし、書名がお分かりのようであれば、その本を」 それって「読書室には入るな」ってこと……? アンのこめかみが、微かに痙攣した。 しかし、苛立ちを抑えて、アンはこう続ける。 「これといって書名があるわけじゃないけど……ああ、たしか、とても立派な図鑑が大英博物館から出ていなかったかしら」 「かしこまりましてございます、メレディス様」 エヴァンズがサラリと応じた直後、朝食を載せたワゴンとともに、メイドが「チャイニーズルーム」へと入ってくる。 それと入れ違うようにして、執事は部屋を出ていった。  +++
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