主の帰還

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朝食後すぐに、エヴァンズが部屋へと運んできたのは、アンが思い描いていた通りの本だった。 確かに……。 エヴァンズさんが、とてつもなく有能な執事であることは認めざるをえないわね。 本当に、癪に障るほどだわ! すこしばかり苦々しく思いながらも、アンはさっそく本を広げた。 「そうよ、『麒麟』。『麒麟』だったわね!」 あの「チャイニーズルーム」にある置物。 動物の名を、アンはやっと思い出すことができた。 胸につかえていたものがスッとする。 エヴァンズが持ってきた図鑑に載っていたのは、清王朝初期の豪華な麒麟の細工物だった。 だが、アンの素人目にも、「チャイニーズルーム」の置物が、この本の麒麟に劣るものには見えなかった。 あら。 私、ずっと「一角獣」だと思っていたけれど、これは角ではなくて「鬣」だったのね。 麒麟の「角」は、本当は二本あるのだわ……。 図鑑を読み進めて、アンは自らの知識のあやふやさに恥じ入った。 ああでも、だったら俄然、このお屋敷の読書室を見てみたいわね? アンの好奇心に、パッと火がついた。 いいわ。 こうなったら「左翼」とやらを、探検させてもらいましょう! 「思い立ったら即、行動」とばかりに、アンは、すっくと立ち上がり、自室を出る。 裏階段は、むしろ使用人の上り下りが多いから、ひと目につくわ。 正々堂々と、大階段を下りていく方が、色々と好都合ね……。 そして、アンは、玄関ホールへと降り立って、回廊の方へと足を進めた。 シンと静まりかえった廊下を、左翼へと向かって歩きながら、アンは、ふと軽い眩暈のようなものに襲われる。 なにかしら、これは「デジャヴュ」? いいえ、前に一度、私、この場所を歩いたことがあるわ。 そうだった。 ちょうど、あの扉から、ダチェット伯爵が出てきて。 私たちは、バッタリと行き会ったのよ。 え? 待って……。 ちょっとおかしいわ? アンが、灰色の目を眇める。 まあ、私ったら。 今ごろになって気づくなんて。どれだけ「ぼんやり」してたのかしら?! だって、あれが、あの扉の向こうが「執務室」だとしたら。 それがあるのは「左翼」じゃない。「右翼」だわ。 だって、ここは館の「右側」だもの!  +++
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