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右翼へと向って、アンは急ぎ足で廊下を歩く。
いつのまにか、陽が傾き始めていた。
まださほど遅い時間ではないはずなのに。
少しずつ、でも着実に、秋は近づいている。
そういうことなのだろう――
玄関ホールに近づいた時、蹄と車輪の音がした。
……ああ、あれって、まさか?!
アンの予想通りだった。
たった今、アンテソープの主、ダチェット伯オーガスト・ユースタス・スタンレー卿を乗せた馬車が、車寄せへと横づけされたところだった。
となると――
ホールには、エヴァンズさんがいるわね。
アンはすかさず、長い廊下に点々と置かれている椅子の裏へと、読書室の本を隠す。
左翼の方向から現われたアンへと、エヴァンズの射るような視線が向けられた。
それをはっきりと感じ取りながらも、アンは笑顔でこう口にする。
「回廊を歩いていたら、すっかり方向が解らなくなってしまいましたわ。まあ、伯爵。お帰りなさいませ」
深く膝を折り、アンはオーガストにお辞儀をする。
「不機嫌、ここに極まれり」とでも言うような顔で、オーガストがアンを一瞥した。
「ふ」だか、「は」だか……。
なにか、いわく言い難いひと声で空気を振るわせたきり、オーガストはアンから視線を外して歩み去る。
オーガストのあまりにあまりな態度に、アンは屈めた膝も戻せぬまま、しばしその場で身体を震わせていた。
無論、それは。
「憤りのあまりに」であった。
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