伯爵の嫉妬心

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リルは自分の部屋には、戻っていなかった。 オーガスト・ユースタス・スタンレーは、妹の姿を求めて、館の廊下をさまよい歩く。 もはや、ふたりは顔を合せているのだ。 きちんと、ミス・メレディスを紹介しなくてはなるまい。 そう考えながら、オーガストは読書室へと足を向ける。 自室にいない時、リルは大抵、庭か読書室にいるものと相場が決まっていた。 扉の隙間から読書室の中を覗いたオーガストは、驚きに我が目を疑う。 陽差しの差し込む窓辺。 長椅子の上、リルと並んで座っているのは、ミス・メレディスだった。 なによりオーガストを驚愕させたのは、リルがミス・メレディスの頬に、口づけていたことだった。 ――これは、どういうことなんだ? アンがリルの耳元にくちびるを寄せて、なにごとかを囁く。 と、リルの蒼い目が夏の湖面の輝きを放った。 そして、くちびるに極上の微笑をたたえる。 もう何年もの間。 妹のそんな笑顔など、オーガストは見たことがなかった。 オーガストの胸は、鉤爪で握られたように鋭く痛んだ。 リルが長椅子の上に膝をつき、アンの肩にしがみつく。 アンの言葉に頷いて、リルはまた笑んだ。 なぜなのか息苦しく、吐息を洩らすこともままならず。 オーガストは、読書室のふたりを、ただ凝視して立ち尽くしていた。 しかし、ふと我に返ると、前髪をかき上げ、ひとつまばたきをして、静かにその場から歩み去った。  +++
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