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執務室の椅子に腰掛け、ペンを指先で弄びながら、オーガストは、もの思いに沈む。
――リルの笑顔。
それが向けられた先が、つい昨日今日、ここに現われたばかりの、あの婦人であることに、オーガストは嫉妬していた。
ああ、これは「嫉妬」だ。
オーガストは、胸締めつける痛みの正体を、そう認めざるを得ない。
――レディ・リリアンには、心を打ち明け、語り合う相手が必要なのです。
アンの声が、幾度もオーガストの脳裏でこだまする。
そうだろうとも。
「そうできた」なら、どれほど良かっただろう?!
だがリルは、僕に、決して心を打ち明けようとはしないのだ。
どれほど……。
僕がどれほど愛しい妹のことを、心配してきたか。
そんなことが、あの家庭教師に解ろうはずもないのだ。
オーガストは、溜息を絞り出す。
――自分の思いを示して、誰かの話に耳を傾ける。
人は誰でも、そんな相手を必要としているんですから。
アンの言葉が、また蘇った。
「『自分の思いを示す』……か」
オーガストは、ぽつりと独りごちる。
しかし、それは一体、どうやったら良いのだ。
おそらく、あのガヴァネスは、そんな難しいことをいとも簡単にやってのけるのであろう。
だからリルは、あんな風に、彼女に笑いかけるのだ――
そういえば、あのガヴァネス、たしか……。
「沈み込んでいる私を慰めるために」リルが姿を現した、とか言っていなかっただろうか?
オーガストは首を傾げて、天井を見上げる。
さて、あのガヴァネスは。
一体、何が理由で、沈み込んでいたというのだろう?
無論、それは。
無自覚な「気難し屋」であるオーガストが、いくら考えたところで、答えが見つかる問いではなかった。
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