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“子供”の頃によく見ていたのは窓に映った情報の群れとその行方。
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ここは太陽系第一人工衛星Air。
その中央部にある基幹制御室で私は情報の更新のほぼ止まった沢山の窓を見つめている。
止まった種々の情報の中でただ一つ、量子時計だけが何時もと変わらず時を刻んでいた。
表示を見やれば、あと三分でグリニッジ天文台が0時を迎える頃。
今日は星暦2020年、12月24日。
私は新しい窓を開きメールフォームへ飛ぶ。
最上段に書かれたARiAの文字————正式名称はARiAdone。
私の名前だ。
その下にある人工衛星制御支援用人造人形という長ったらしい漢字文字が私の肩書。
そう、私は人間ではない。
まぁ、ロボティクス技術やAI技術、そしてこのような航空宇宙技術が限りなく進んだ時代でAIと人間の知能、私のようなアンドロイドと人間を比べる事にはほとんど意味など無いが。
閑話休題
受信トレイにも返信トレイにも着信はなく、ただ送信フォルダにのみ二三通のメールが残っている。去年も一昨年もクリスマスのこの時間に送ったメール。
――誕生日おめでとう、アイラ。次はいつ会えますか。
そうとだけ書かれたメールが三通ほど。
私は嘆息してそれらをすべてゴミ箱へ放り込む。
そしてその場を後にした。
カタカタと弱い地震のように揺れる回廊を歩く。
もうかなりAirにはガタが来ているのだ。
無理もない。
だって十六年はこういう宇宙航空機器にとってものすごく長い時間だ。
大体の衛星は十年持てば長いほう、それを鑑みれば十六年は破格の長さ。
けれど多分ここはもう一週間も保たないだろう、もしかすれば明日にはもう壊れてしまっているかもしれない。
結局彼は来なかった。
外に出れば無人の建物だけが残った都市。
無くなってしまった人工の光の代わりに瞬いているのは、太陽系を取り巻く天ノ川銀河の恒星共。
今は冬だからオリオン座、おおいぬ座、小犬座、獅子座に双子座などが見える。
星座———遥か遠くから飛来する星明りが紡ぐその光からすれば、遥か未来の昔物語絵巻。
―――アイラ、アリア。この話、どう思う?
何時だったか、まだ私のAIが貧弱だった頃、私の開発者であった星見合理は彼女の実の息子のアイラと私によくその神話を聞かせてくれた。
その言葉さえもう褪せてしまったけれど、確かに記憶にその光景は残っている。
その所為かアイラは星図を作るのが好きで、よくそれを見せてくれた。
地球からこの人工衛星に移住していた全人類が地球へ戻るときも、彼は私に作ったその星図を私に渡して行ってしまった。
―――必ず迎えにいくから、これ持っていてよ、アリア。
それは、ただの口約束だったけれど、確かに私の記憶領域にその言葉は深く残っている。
裏切られたのかな、考えないように処理装置の奥深くで考えたことをふと呟いた。
気付かないフリをしていたその事を。
その不安を表面化するかのようにカタカタカタカタAirの機体が揺れる。
今日は特に揺れが酷い。
一際大きな振動がして私はとっさに身を伏せる。
あちこちで建物が壊れ、ギシギシと傾ぐ音がした。
頭上を見上げれば、ガスのような靄が見える。
隕石でも落ちてきたのだろう。
まあ、私が壊れていない、ということはそこまで大きなものでもあるまい。
けれど、
もう本当に時間がないのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、宇宙放射線と年月で劣化した建築物が倒壊するのを恐れて基幹制御室のある建物に戻る。
ここはかなりしっかりとした造りになっているからあれぐらいでは壊れない、
それを私のプログラムはよく理解している。
けれど、もしこの星が壊れたら。
そう考えると少し怖い。
未知の物に遭遇する時に処理装置が弾き出すこの情報のことを人は怖いというのだろう、製造されて十六年たってやっとそれが判るようになってきた。
そして自分という存在がいなくなるのが怖い。
アイラは私を覚えていてくれるだろうか。
人造人形らしくもなくそんなことを考えて私は基幹制御室へ戻った。
先程からの揺れの所為か棚の上に置いていた紙媒体が床に散らばっていた。
アイラから渡された星図だ。
この星が無くなれば、きっとこれも宇宙の藻屑になって、いずれは何処か大気のある星の重力に引かれて、流星になって燃え尽きるのだろう。
その中に二三枚、見慣れない紙があった。
黄道一二宮がバラバラに書かれた薄い紙と、びっしりと英字が書かれた紙、そして数字が書かれた紙。
数字が示すのは、彼が私に渡した星図の通し番号だろうか。
おそらく、かつて彼が暗号ごっこにはまっていた時にやった遊びだ。
私は散らばった星図をかき集める。
その番号の星図には全て十二宮のどれか一つが書いてあった。
あたり。
私は英字の紙に薄紙を透かす。
十二宮の星のところにはちゃんと文字がかぶせてあった。
どうやらもう一つの紙に書かれた番号と照らし合わせて、その番号の星図に乗っている星座の順にみていけばいい。
星座の中では明るい星に被っている英字から読んで行けということか。
文字を並べて、私は少し閉口した。
etekutowikinadarak
edamerosarakad
oyusoggusotimikahusamusiruk
onnenuujinnesin
iatiainimikahukob
oderekianeiakiseditatakannokarak
ianarakawakukerasowinanabererarisineu
aduosianikedahotokureaketerutagukobowimik
oderekattakanukatiiahuotnoh
erukettamekadnaknennasarakad
ukiiniauzaranak
eharia
意味がつながらない。
アイラだったらどうするだろうか。
そこでふと考えて気が付いた。
アイラとアリア、airaとaria。
回文という二文字が浮かぶ。
頭の中でローマ字を後ろから読んでいく。
『アリアへ
必ず会いに行く、だから三年間だけ待ってくれ。
本当は言いたくなかったけれど、
君を僕が連れて帰ることはできないそうだ。
上に知られれば何をされるかわからないからこんな形でしか言えないけれど
僕は君に会いたい。
2020年のクリスマスは君と過ごすよ。
だからそれまで体に気を付けて。』
声に出して読む。
最後まで読み切った。
「正解だよ」
ふと背後で声がした。
懐かしい声だった。
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