僕もなりたい人気者

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僕もなりたい人気者

     小学校の先生って、案外、無神経なものだと思う。  今日は学級会の時間を使って、遠足についての話し合いなのだけれど……。 「では最後に、班を決めましょう。一班五人、好きなもの同士で自由に組んで構いません。今から早速、班を作ってくださいね」  先生の言葉を聞いて、教室中に、ワーッと歓声が上がる。  そんな中、僕は一人で落ち込んでいた。  行きのバスから帰りのバスまで、途中のハイキングやお弁当の時間も含めて、ずっと班単位で行動。一人を好む僕にしてみれば、それだけでも憂鬱な話だったのに……。  好きなもの同士で組め、だなんて! 友だちのいない子供には、地獄じゃないか! そういう生徒も教室にいるってこと、なんで担任なのに配慮できないのだろう! 「おう、小林! 同じ班でいいよな?」 「もちろんだぜ。あとは、坂本と原田と……」  後ろの席から聞こえてくる会話。それは『聞こえてくる』だけであって、僕に声をかけてくれるわけではなかった。  もちろん、こちらから話に混ざる勇気なんて、僕には皆無。手持ち無沙汰で、ボーッと教室を見渡していたら、 「山口くん、私たちの班に入らない?」 「おいおい、なんで女子班が山口ほしがるんだよ。山口は、俺んところだぞ」 「いや山口は、うちの班だ」  と、いくつかの班が揉めているのが目に入ってきた。 「女子班とか男子班とか、関係ないでしょう? ほら、あっちの吉武くんの班だって、男子三人と女子二人のミックスだもの!」 「それとこれとは話が別だろ。お前んところは、女子四人じゃないか。男子一人じゃ、山口が可哀想だ」 「あらあら。『紅一点』って言葉、御存知ない?」 「……覚えたての言葉、使ってみたいんだろうけどさ。それ、間違ってるからな?」  騒動の中心になっているのは、山口くん。かけっこが得意で、テストの点数も良いという、クラスの人気者だ。先生からも評価されていて、学年が変わるたびに、一学期の学級委員に指名されているらしい。 「いいなあ、人気者は。ああやって取り合いされるの、羨ましい……」  口に出しても平気なくらい、周りの誰も、僕の言葉に関心を向けていなかった。  ああ、神様。  一度でいいから僕も、班決めで取り合いされる立場を味わってみたいです!  そうやって心の中で神頼みをしているうちに、学級会の時間は終わりを迎えて……。 「あら? あと一つ、まだ決まっていない班があるみたいだけど……」  先生が、不思議そうな顔で教室を見回す。クラスの人数は二十五人、今日は欠席もゼロだから、きっちり五人ずつに分かれるはずだったのだ。  そんな先生の疑問を解消するかのように、 「先生! 私たちの班、四人です。あと一人足りません!」  元気よく手を挙げたのは、地味な女の子グループの一人だった。『好きなもの同士』で五人を集められないという時点で、人気者とは逆方向。僕は親近感を覚えて、思わずニヤリと笑ってしまうのだが……。  それどころではなかった。 「じゃあ一人だけ、まだどこの班にも入っていない人がいるのね。誰かしら? 手を挙げて!」  という先生の言葉で、僕はハッとする。  ああ、そうだ。余り者は強制的に、四人の班へ加入させられるのだから……。  真っ赤になって、おずおずと挙手する僕。  いくら『親近感を覚える』といっても、ほとんど喋ったことすらない女子ばかりの班。そこへ男子一人で放り込まれて、しかもその事実をみんなの前で公開されるのは、この上もなく恥ずかしい事態だった。 ――――――――――――  学校が終わって。  これが「穴があったら入りたい」という心境なのだろう。いつも以上に足早に、僕は逃げるようにして、帰り道を歩いていた。  でも。  家が近づくにつれて、自然に足が重くなる。  最近、家の中の雰囲気が良くないのだ。お父さんとお母さんの仲が悪くて、もう喧嘩を通り越して、口もきかないどころか、目も合わせない関係。それでも二人は、いつも一緒の食卓を囲むのだから、大人って複雑なのだろう。 「ただいま……」  玄関で靴を脱いで、廊下に上がると、 「おお、帰ってきたのか」 「ちょっと、こっちへいらっしゃい」  リビングから、僕に呼びかける声。しかも、妙に優しそうな声。  食事時でもないのに、珍しくお父さんとお母さんが、二人一緒に座っていた。  ……なんだろう?  ランドセルを部屋に置いてからリビングに戻ると、 「大事な話があるのよ」 「落ち着いて聞いてくれ」  二人は、いつになく真面目な顔で切り出した。 「今度、お父さんとお母さんは離婚することになったんだが……。お前は、お父さんと一緒に来るよな?」 「お母さんと暮らす方がいいわよね?」  驚きのニュースに、僕の頭は真っ白になる。  何も考えられないでいると、ふと遠足の班決めを思い出してしまった。  あの時、神様に「一度でいいから取り合いされる立場を味わってみたい」とお願いしたけれど……。  こんな悲しい形で願いが叶っても、全然嬉しくなんかない!    ……と、頭の中で言葉になったところで。  ようやく『悲しい』という実感が湧いてきて。  ポロッと、目から涙がこぼれた。 (「僕もなりたい人気者」完)    
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