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星が消えるころ
"星が消えるころ、六番街道の交差点にてお待ちください。とっておきを向かわせます。ああそうだ、私の名前を出すのを忘れないでくださいね。 E.”
くたびれた紙には手汗がしみ込んでいた。今でこの文面を29回読み終えたミシャの手先はすっかり色を失っており、椅子の上で小さく丸まった身体はじっと石のように固まっていた。しかしその目だけは休むことなく、仄暗く照らされた字面と暁天に溶けゆく星空をなんども往復するのである。おんどりが遠くで鳴くと、空が一層白く染め上げられた。
「消える瞬間って、いつだろう」
一夜分の星を見送った彼女が、乾いた唇で自分に問いかけた。光に呑まれ、輪郭がぼやけ、どこにあったか、どんな色だったかも次第にあやふやになっていく。今なお残る星たちの隙間には確かに彼らが存在した。だが、どれだけ目を凝らしても彼らの消滅を看取ることはできなかったのである。こんなことを考えながらミシャは脚を床に下ろし、端から端まで大股3歩の寝室で手際よく支度を済ませた。窓から見える星がみるみる減っていく。外套のフードを正した彼女は机の前でほんの一瞬固まり、窓際に転がっていたペンを握るとおそらく第一発見者となるだろう人物に向けて、
"すこしだけ羽を伸ばしてきます。またあなたの目玉焼きが食べたいな。 M."
とだけ書き残した。そして彼女自身が気づくより先に、早足で部屋を去った。コーヒー色の大きな革鞄が一度だけ、廊下の壁をなぞった。
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