憧れ ~ひまわりの似合うお姉さん~

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憧れ ~ひまわりの似合うお姉さん~

 僕の住んでいる町は、最寄りの駅まで車で三十分かかり、都市部に出るにも電車をいくつか乗り継がなければならないような田舎町だ。果てしなく田園風景が広がり、その中にぽつりぽつりと民家が建っている。  そんな町は当然人口も少ない。子供の数はもっと少ない。だから小学校も中学校も町に一つしかないし、高校や大学は存在さえしない。    そんな町で彼女を初めて見たのは、小学校六年生のときだった。夏休みに祖母の家に行こうとひまわり畑に囲まれた道を歩いていると、ベンチに座る女の人を見つけた。  麦わら帽子の下に三つ編みを二本、白いセーラー服の肩に垂らしていて、その姿が背景のひまわりによく似合っていた。 そんな光景に、僕はすっかり目を奪われていると、その人はふと立ち上がり、帽子を脱いでこちらに頭を下げた。 「あの、道をお伺いしたいのですが」  これが彼女との初めての会話だった。手をぐっしょり濡らしながら道を教え、結局肩を並べて歩いたことを、話した言葉さえ鮮明に思い出せる。  彼女は都会に住む中学生だった。両親の帰省で毎年お盆にこの町に来るのだという。おばあさんにおつかいを頼まれたが、途中で迷ってしまったらしい。  さて、それから一年が経ち、僕らはまた遭遇した。彼女が道を尋ねてきたのだ。セーラー服の彼女を僕は忘れるはずがなかったけれど、彼女は僕のことを覚えていてくれた。前の夏よりもさらにお姉さんになった気がしたが、相変わらず麦わら帽子に三つ編みで、一年前の夏に見たあの光景を僕は再び見たのだった。  それから毎年、僕らは顔を合わせた。顔見知りしかいないこの町で、都会からやってくるセーラー服のお姉さんを見かけると、なんだか胸がどきどきした。同時に半袖半ズボンの自分が急に恥ずかしくなって、そこに咲いたひまわりを一本、挨拶代わりに渡してみると、彼女は「嬉しい、ありがとう」と笑ってくれた。     そして、僕と彼女はひまわり畑に挟まれた道を並んで歩く。夏の日差しがじりじりと照りつけるが、ときどき吹く風が心地よくて、隣の横顔は綻ぶのだ。  そして、あれは中学二年生のとき。ひまわり畑のあの道で、僕はこんなことを聞いてみた。 「……恋人とか、いるんですか?」  ぐっしょり濡れた手を握り締め、乾いた唇をきゅっと結んで答えを待った。 彼女は照れるように笑うと「まだいないよ」と言った。  しかし僕はチキンだった。ここで「やったあ」の一言も呟くことができずに、この夏は彼女とお別れしてしまった。  だから、次こそは、と次の夏を待つことにした。中学校に進学して周りが青臭い恋愛を繰り広げる中、僕も告白されたことがあったけれど、僕は決して首を振らなかった。 「他に好きな人がいるんだ」  そう言って断るたびにひまわり畑のあの光景が脳裏に浮かんだ。  初恋は、僕が初めて憧れたセーラー服のお姉さんに捧げたかった。  そして一年が過ぎ――四度目の夏。僕が決意したその夏であり、僕の町で過ごす最後の夏でもあった。  無事に無事に中学最後の学年に進級し、次の春からは町を出て都会の高校に通うことになる。少しは帰って来るだろうが、あの彼女に会えるかどうかは分からない。だから、僕にとって最後の夏だった。  僕はまた祖母の家に行くためにあの道を歩いていた。途中でひまわりを一本切り取って、自然と麦わら帽子のセーラー服を探した。  しばらく目を泳がせていると、道の途中にあるベンチで座る影を見つけた。  頬が緩む。自然と歩調は速くなり、心臓の鼓動も激しくなってきた。  一瞬風が吹いて、彼女が頭の帽子を押さえたとき、一年ぶりに彼女の顔を見た。  そこにいたのは茶髪のギャルだった。麦わら帽子こそ被っているけれど、派手なアイラインとマスカラでぎらぎらした見た目だった。 「絢斗くんじゃん! 久しぶり!」  僕の名前を呼びながら大きく手を振った彼女に頭の中でセーラー服と三つ編みを重ねたけれど、手に持ったひまわりは気付かぬうちに地面に転がっていた。 了
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