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私の心は燃えている ~クリスマスプレゼントと兄の真意~
私たち兄妹は血の繋がりがない。両親の再婚によりたまたま兄妹となっただけの赤の他人だ。六つ上の兄は私のことをとても可愛がってくれて、勉強を教えてもらったり、一緒に遊んだりした。
そんな兄が一人暮らしを始めたのは、兄妹になって二度目の春のことだった。当時小学生だった私は大好きな兄と離れ離れになるのが嫌で号泣したものだが、しかしその年から始まった習慣ができた。
クリスマスから年明けにかけての約一週間、私は兄の家で過ごすのだ。寂しさのあまり泣いてしまうことが多かった私に母が兄の家を訪ねてはどうかと勧めたのだ。
それも今年で六年目、大学に進学して初めての冬がやってきた。今年も変わらず、私はお兄ちゃんの家のインターホンを押した。
「いらっしゃい」
お兄ちゃんはそんな台詞で出迎えた。
「里沙、少し大人っぽくなったな」
「そう? ちょっとメイクしてきたからかな」
「もうそんな年頃か。――とりあえず入れ。寒かっただろ」
「ありがとう」
家の中は暖かかった。外気で冷え切った手足がじんじんと温まるのを感じた。
六年目ともなるとすっかり慣れて、コートを脱いで手を洗ってくつろぎ始めるまで、全くの迷いがない。
テーブル前に腰を下ろす。相変わらず殺風景な部屋だ。最低限のものしかなく、こだわったインテリアは全くない。
「お前が化粧し出すとはな」
「私、もう大学生だよ。メイクくらいするって」
「そうなんだろうけどさ、兄の家に行くだけだろ。そんなことしなくても……」
「別にいいでしょ。こういうのは気分なの」
「まあ、妹が可愛くなるのは嫌じゃないけどな」
お兄ちゃんは「な」と同時に可愛い包みをこっちに見せた。
「クリスマスプレゼントだよ」
「ありがとう!」
「開けてみろ」
できるだけ包装紙を破かないように丁寧に開けた。出てきたのは鉢に植えられた赤い花の置物だった。透明なケースに入っているが、見る限りガラス細工らしい。
「女の子がどんなもの好きか、分からなかったんだけど……どうだ?」
「すごく可愛い! 気に入った!」
「よかったあ」
「部屋に飾るね」
「おう」
お兄ちゃんは満足げに微笑むと、二人分のマグカップを目の前に置いた。私のは初めて来たときに買ってもらったハート柄のカップだ。
口をつけてみると中身は紅茶だった。一方、隣のお兄ちゃんからは苦い香りが漂ってくる。別々のものを入れていたらしい。
「……なあ、里沙」
一口目からカップを離すと、お兄ちゃんは呟くように声を掛けてきた。
「何?」
「お前、聞いてるか? 父さんたちのこと」
「……うん」
私は頷く。
私たちの両親は年明けに離婚することになった。お兄ちゃんが社会人として独り立ちし、私が大学生になったことがきっかけらしい。
詳しい原因は知らないが、喧嘩別れだ。結局幸せだったのは最初だけで、仲良くしていたのは私たちだけで、彼らの関係はとうに終わっていた。
「実家、どうなるんだ?」
「お父さんのものになる。お母さんが出て行くって言ってたから」
「お前はどうなるんだ?」
「自由にしていいって言われてる。まだ考えてるけど、これを機に一人暮らしっていうのもありかな」
「一人暮らし、するのか?」
「まだ考えてる段階だよ。これからどうなるか分からないし」
カップにまた口を付ける。少し冷めた紅茶もまた美味しい。
「なあ、里沙」
お兄ちゃんがまた改まった口調で私の名前を呼んだ。私もまた「何?」と返してそちらを向くと、こわばった顔のお兄ちゃんがそこにはいた。
「どうしたの、そんな怖い顔して」
「あのさ、お前……彼氏とか、いるか?」
「いないけど」
「じゃあ、一緒に住むか?」
そう言う顔は、まるで一世一代の告白のように固まっていた。
「いいの?」
「いいから誘ってるんだろ」
「そうだけどさ。お兄ちゃんこそ、彼女とかいないの?」
「いねえよ、そんなの。いたら誘わねえよ」
「それもそっか。じゃあお世話になっちゃおっかな」
お兄ちゃんの顔は少し和らいだように見えて、「菓子でももってくるな」と席を立った。
毎年歓迎してくれて、お茶もお菓子も出してくれて、私用のカップまで用意してくれている。そんな私の大好きなお兄ちゃんと暮らせるなんて、夢のようだった。
おまけに、クリスマスプレゼントまでくれるなんて、お兄ちゃんも私のことが大好きなのかな。
ふと、さっきのプレゼントが目に入る。
ただの赤い花だと思っていたけれど、それはポインセチアだった。クリスマスの飾りでよく使われるあれだ。そこまで分かっていてもなんとなく思い出せなくて、手元のスマホで検索サイトを立ち上げて「ポインセチア」と入力する。
そうそう、これだ。葉っぱみたいな花びらが大きく開いていて、クリスマスにぴったりな鮮やかな赤色。
説明が書かれたサイトをクリックして、なんとなくスクロールする。お兄ちゃんの家に来たところで特別にやることはない。単なる暇つぶしだ。特徴とか毒性とか、図鑑よりも詳しい説明がつらつらと並んでいた。
「ねえねえ、お兄ちゃん。ポインセチアの花言葉、『私の心は燃えている』だって。妹にあげるようなものじゃないじゃん」
面白おかしく、雑談のつもりだった。でも、振り向いた先にいたお兄ちゃんの顔は、どことなく悲しい顔だった。
「そうかもな」
そう言って浮かべる笑顔が無理やりだって気付かないうちは、私はお兄ちゃんの真意を知ることはできないのだった。
了
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