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ドラゴンとの取引
暗がりの森の中、半径30メートルほど開けた土地があり、そこだけ月明かりが差し込んでいる。土地の中心には祠があり、その傍らで人間の青年と漆黒のドラゴンが向かい合っていた。
「ひとつ確認させてほしい」
人間の青年――レイトはドラゴンを見上げながら話しかけた。
そのドラゴンは頭に2本の黒いツノ、四足歩行の足には黒い爪があり、どこもかしこも真っ黒。しかし、黙ってレイトを睨む瞳はエメラルドグリーンだ。
大きな体と翼を伏せているが、長い首を立てており、頭の位置が高い。その高い位置から鋭い眼光を向けられているので、降り注ぐような威圧感がある。
平々凡々と生きてきた人間であれば、ドラゴンに近づこうなんて考えないだろう。しかしレイトは、生まれ故郷の村で魔物を追い払う役をこなしてきた。もし相手が臨戦態勢をとってきたとしても、なんとかして退避できると自負している。
しかし、ここへは戦いに来たわけではない。
俺にはどうしても成し遂げなきゃならないことがある。それのためには強力な助っ人が必要なわけで、こんなところで引き下がるわけにはいかない。
レイトは意を決して、口を開いた。
「お前はあれか、オカマってやつなのか?」
「アンタ、初対面で嫌われるタイプでしょ?」
「そんなことはない」
「どこからそんな自信が湧くのよ」
目の前のドラゴンは、高すぎず低すぎない綺麗な声をしている。男か女かと問われれば、実際に相手の性別を確認してみないとわからないような中性的な声だった。
ドラゴンは怪訝な表情でレイトを見つつ、フウと一呼吸置いた。
「ところでアンタ。アタシに用があるみたいだけど、アタシのこと知ってるの?」
「それな。強大な力を持つドラゴンだと思ってたけど、たった今わからなくなった」
「オカマかどうかでそんなに情報錯綜する?」
ドラゴンは前足で器用に眉間を押さえ、もういいわ、と深いため息をつく。
「アタシはディアン。見ての通り "神聖な土地" を守ってるんだけど……アンタが探してるドラゴンで合ってるかしら?」
2人がいるこの場所は "神聖な土地" と呼ばれている。なんでも "神聖な土地" に住み着いているドラゴンは、魔物の群れを一瞬で消し炭にするほどの力を持っているらしい。
人間や妖精、魔物など、様々な種族が住まうこの世界で、ドラゴンは魔物の中でも特に脅威を与える存在だと言われている。
魔物は基本的に人間よりも身体能力に優れており、中には魔力を操る者もいる。そんな魔物を群れ単位で相手にできるとなると、その強さは計り知れない。
ディアンが名乗ると、レイトは「うーん」と考えるように唸り、頭をかいた。黒髪を乱したまま腕を組み、片足重心の体勢になる。
「俺はレイト。ディアンで間違いなさそうなんだけど……」
途中でため息をつきながら、片手で顔を覆った。
「やべえ、イメージぶち壊された」
「頭かみ砕いてやろうか?」
ディアンは歯を食いしばり凄みを利かせた。素が出ているためか、先ほど聞いた綺麗な声からは想像できないほど声が低い。レイトが「オカマなのか」と質問していたのは、何度かこの低音ボイスを聞いているからだ。
そう、ここに来てから何度か怒らせている。
「そんなことより、ディアンに話があるんだ。頼みを聞いてほしい」
「さっきから失礼三昧なの自覚してる?」
「聞いてくれなきゃ俺ここに住む」
「話してちょうだい」
即答レベルの手のひら返し。
だが、何はともあれ話は聞いてくれるらしい。
レイトは素直に「あざす」と告げ、腰を下ろして胡坐をかいた。
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