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「ええ!? どういう事?」
屋根の上にいたはずのマスターが、すぐ近くまで来ていた。彼は驚いたように声をあげ、こちらに向かって歩いている。
「レイト君、俺に何する気なの?」
マスターは驚いた表情のままレイトを見た。レイトは少しだけ時間をおいて考え、小さくため息を吐く。
「もうこの際だから言っちゃいますけど……マスターの命狙ってます」
正確には魂だけど。
「とんでもない事をあっさり言うね。でも、どうして? 宿で不手際でもあった?」
「マスターの対応は良かったですよ。強いて言うなら、ユキのモーニングコールを止めてくれなかったのは不満でした」
「それで俺、命狙われてるの? モンスターカスタマー通り越してる」
「いや、狙ってる理由は……」
別なんですけど、と言いかけたが、説明が面倒だ。もうそれで良い。
「それに、マスターだって俺を殺そうとしてるじゃないですか。お互い様ってことで」
それこそ理由を聞けてないし。
近づいて来るマスターを警戒して睨んでいたが、ふと、さっきまで自分を襲っていた集団が大人しい事に気が付いた。レイトは不思議に思い、部屋を見渡す。
「それにしても、やってくれたよね」
マスターが残念そうな声色で話し出した。それと同じタイミングで、集団の所在を確認できたレイトだったが、そこにある光景に目を見張る。
半透明の大きな壁が、部屋を両断するように隔てられていた。壁の向こう側は部屋の4分の1ほどの空間となっており、レイトを襲っていた集団が閉じ込められている。
「あれってキミの仕業でしょ?」
マスターは困ったように眉尻を下げ、ディアンを見ていた。
「ええ。レイトがまどろっこしい真似してるから、まとめて退けてやったのよ」
「へえ。すごいけど、惜しかったね。完全に透明化できてたら、俺があれに気づくの、もうちょっと後だったかもしれないのに」
「そんな事はどうでもいいのよ。あっちはあっちで片付けてくれるだろうから」
「どういう意味?」
にこやかに対応していたマスターの目つきが険しくなった。しかしディアンはマスターの問いに答えず、半透明の壁の境界線あたりへ視線を向ける。
「こっちからは通り抜けられるようになってるから、好きな時に入っていいわよ」
ディアンの視線の先には、アヴィとパルグルが立っていた。おんぶは終わっていたらしい。
「いえーい! 一番乗り~!」
パルグルが元気よく腕を振り、スキップしながら半透明の壁に突っ込む。壁を通り抜けて、集団のいる空間に入った。
「待ちなさい! 配分を決めてないでしょう! ちゃんと女性を残してもらわないと困ります!」
アヴィが跡を追うように小走りし、同じように壁を通り抜けた。
レイトは壁の奥を見ながら、理解できない様子で尋ねる。
「アイツら、何であんなにウキウキしてんだ?」
アヴィとパルグルの行動を観察していると、ディアンに頭を鷲掴みにされた。グイと顔の向きを変えられ、視線がマスターの方へと向けられる。
「アンタはこっちに集中しなさい」
ディアンはそう言いながら、半透明の壁を、部屋と同じ石材の灰色に染めた。
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