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――――ガッ!
躊躇いは無かった。確実に悪魔の首を捕らえた。
……そのはずだった。
レイトの目に見えているのは、悪魔の首の横スレスレで止まっているハルバード。未だ胴体と繋がっている悪魔の首。そして、座り込んでいる悪魔の背後で、三日月型にニヤリと口角を上げて笑う男の姿。
「やほ〜。久しぶり」
その男は、マスターに憑りついた悪魔とは別の悪魔。おちゃらけ変態悪魔はニコニコと手を振りながら、もう片方の手でハルバードの斧刃を摘んでいた。
斬首する一撃を簡単に止められた事もそうだが、自分の決意を蔑ろにされたようで、余計に腹が立つ。
「……どういうつもりだよ」
レイトは、割り込んで邪魔をした悪魔――ビルを睨んだ。鋭い視線を向けられたビルは、申し訳なさそうな表情を作る。
「ごめんね。ちょっと、このおじさんに用事があって」
そう言いながら、おじさん、もといマスターの姿をした悪魔を見下ろした。
マスターに会うためなのか、ビルは人間に擬態している。今さら何の用があるか知らないが、今の彼はマスターじゃない。遅れて来たから知らなくて当然か。
レイトは、かったるい気持ちを吐き出すようにため息をついた。
「あのなあ。そのおじさん、見た目はマスターだけど――」
「助けてくれ! レイト君に殺されそうなんだ!」
突然態度を変え、ビルに向き合って命乞いをする悪魔。あの悪魔も、ビルが自分の正体に気づいていないと踏んだのだろう。両手から黒く纏っていたものが無くなり、マスターの口調を真似している。
気持ち悪いヤツだ。
すがり付いてくる男を見て、一瞬目を丸くするビル。しかしそれも束の間。ビルは柔らかい表情になり、摘んでいたハルバードをポイと捨てるように退かした。
「悪いけど……」
ビルはしゃがみ込んで、男と目線を合わせながら微笑んだ。
「お前の演技に付き合う気分じゃないんだよ」
グチュ、と音がした直後、男の呻き声が聞こえた。ビルがマスターの腹に手を突っ込んでいる。しかし、手が完全に隠れるほど入っているにも関わらず、血が出ている様子はない。
ビルはそのまま腹の中をまさぐり、何かを探してる。
「おっ、これかな?」
何かを捕らえた様子のビルがそれを引き出そうとするが、向かいの悪魔がビルの腕を掴んで阻止する。
「お……前……悪魔か……?」
唸るような声を漏らしながら、険しい顔つきで目の前の同族を睨んだ。
「あはは、やっぱり気づいてなかったんだ。ヤだねえ、程度が低くて」
ビルはいつもの調子でニヤニヤしながら、悪魔の抵抗をものともせず、腹の中で掴んだものを一気に引っ張り上げた。
マスターの腹から、同じくらいの背丈をした人型の何かが現れた。後ろ姿でしか確認できないが、金髪の頭の横に褐色の尖った耳が見える。
あれはもしかして……
ビルは引っ張り出したそれの首を掴んだまま、マスターから完全に分離させた。
「簡単に取り出せちゃった。景気づけに "とったどー!" って言った方がいい?」
「んの野郎……どういう了見でオレの邪魔を――」
「むぅ、おれが質問してるのに」
ビルは掴んでいた手で悪魔の首を締め上げ、彼の言葉を遮った。代わりに呻き声が聞こえる。
悪魔2人のやりとりに呆然とするレイト。薄ら笑いを浮かべたビルと目が合うと、彼はにっこりとしながら手を振ってきた。
「うふふ。じゃ、あとは楽しんで〜」
手振りを付けて、チュッ、と投げキッスを飛ばすと、取り出した悪魔を片手で抱え、黒い翼を出して飛び去っていった。
レイトはその後ろ姿を眺めながら、こちらに飛んできたであろう見えないハートを手で払った。
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