レイトの告白

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 ディアンに近づき、立ち止まるアヴィ。その距離、30センチメートル。まあまあな至近距離から、ディアンの(たたず)まいを観察する。  軽く腕を組み、左脚を軸にして右膝を立てたまま脚をクロスしている。その立ち姿は、すらりと伸びた手足を強調させ、美しさが際立っていた。真剣な表情で遠くを見つめる横顔は他を寄せ付けないほどに端麗であり、彼の瞳にはどこか感傷(かんしょう)的な印象を覚える。  観察を終えるアヴィ。このクールビューティーを再現するのは不可能な気がしてきた所で、ようやく気づいた事がある。かなりガン見しているというのに、ディアンはこちらを見向きもしない。  何をそんなに真剣に見ているのだろう、とディアンの視線の先へ目をやった。  横たわっているマスターの体の(そば)で、レイトが(うずくま)っている。戦っていた時に振り回していたハルバードが見当たらないので、もう用は済んだのだろう。しかしレイトが動く気配はない。顔が隠れて表情はわからないが、時折震えているように見える。  アヴィは眉をひそめてディアンに声をかけた。 「ディーさん」  間近でジロジロと自分を観察していた品のない男(以下、アヴィ)が、深刻な声色で話しかけてきた。無視する雰囲気じゃないと感じ、横目でアヴィを見る。声で察した通り、彼の表情も真剣そのものだった。 「あれは、あまりじっくり見るものではないと思いますよ」  何か忠告したいのだろう。真面目に聞くべきか。  ディアンは(まばた)きを1回はさみ、正面を向いてアヴィを見た。  アヴィの眉間のしわが、少し深まる。 「人間の生態に興味があるとはいえ……うんこの排泄方法まで観察する必要は無いかと。恐らく我々と同じですよ」 「黙るか殴られるか、選択してちょうだい」  真摯(しんし)な気持ちで聞こうとした心意気を返してほしい。  今度はディアンが眉をひそめる。呆れた目でアヴィを見据えていると、何かが近づいて来る気配を感じた。 「ったく……アヴィ、見当違いもいいとこだぜ」  パルグルがこちらに向かって歩いて来ていた。彼はレイトの方をチラリと見やると、その方向を親指で指す。 「あの体勢じゃ、踏ん張れねえだろ。腹痛に(もだ)えてる方が筋が通る」  呆れた表情でアヴィに説明するパルグルに「アンタも似たようなもんだろうが」と突っ込むべきかどうか迷っていたディアンだったが、その葛藤が終わる前にパルグルが疑問を口にした。 「そういや、うんこで思い出した。ビルは来てねえのか?」  ビルは自分たちがこの小屋に入る前まで一緒にいたのだが、ここまで案内した所で「ぼくちょっとトイレ☆」と言い残してどこかへ消えてしまったのだ。 「ふむ、ここには来てなさそうですね……」 「すぐ戻って来ねえから、うんこだと思うんだけどよ……それにしたって(なげ)ぇな」 「する場所を選んでいるのかもしれませんね。彼は繊細なんでしょう」  暗がりの部屋を薄目で見渡すパルグルとアヴィ。2人のやりとりを、ディアンはもの言いたげな目で見ていた。  うんこでビルを思い出したのは……まあ、許容範囲としよう。ただ、噴水に飛び込んで服を脱ごうとするヤツのどこが繊細だと言うんだ。  それと、彼が姿を消した理由は絶対にトイレじゃない。あのセリフは何かを嗅ぎつけて調査しに行くか、こちらに黙って何らかの行動を起こすか、そう言った(たぐい)のときに使うやつだ。  それに―― 「ビルならさっき来てたわよ。レイトにちょっかいかけてから、またいなくなったけど」 「お? じゃあ今は、うんこぶり返し中か?」 「……腹下(はらくだ)してる様子じゃなかったわ」  どうしたものか。こんなに "うんこ" が頻出するページは今まで無かったのに。早く止めさせなければ。  ディアンが話題を変えようと思案していた時、パルグルとアヴィの背後に人影が降り立った。その気配を感知した2人は、同時に振り返る。
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