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この非常事態に慌てる様子もなく姿を現したのは、大人2人を両肩に抱えた大人の女性だった。
赤のロングヘア。頭の横には、渦巻き状の太い角が、左右一対で生えている。
その女と目が合った。キャッツアイを思わせる金色の瞳は、両眼とも強い光を帯びている。彼女は紅い唇をキュッと結んで、レイトに微笑みかけた。
「コレ、貰っていきますね」
さっぱりとした声で気のいい女を振る舞っているが、彼女が担いでいる大人2人は、レイトの両親だ。2人は人形のように、女の肩にだらりとぶら下がっている。
レイトは反射的に女に突進していた。
「ふざっっっけんな!!!」
歯を食いしばり、振り上げたハルバードを女めがけて下ろす。
女は後退りながら、斧刃を足で薙ぎ払った。ハルバードが手から離れ、鈍い音を立てて地面に落ちる。
彼女の瞳に宿っていた光は段々弱くなり、やがて光は無くなった。
「安心してください。魂と身体を分離しただけなので、完全には死んでませんよ。少しお借りするだけです」
慰めのつもりなのか、まるで気遣うような口ぶり。しかし、そんなもので納得できるはずが無い。
「はあ? 何を言って――」
「それでは」
レイトの言葉を待たず、女は軽く会釈した。背中から蝙蝠のような黒い翼を出し、低空飛行でその場を去る。
「おい!」
大声で呼び止めても、女は振り返る気配すら見せなかった。
レイトの目が、怒りで満ち溢れる。
冗談じゃない。絶対に逃がすもんか。
飛び去る女を目で追いながら走り出した。途中、落としたハルバードを拾い上げる。見失わないよう睨みつけながら、死ぬ気で全力疾走した。
しかし、どれだけ脚を動かしても距離は縮まらなかった。両親の姿が目前にあるのに、手が届かない。
追っている最中、赤髪の女と同じように、翼や角が生えた連中の姿が見えた。そこに、彼女が合流している。
レイトはハルバードを横向きに構え、その集団の中に飛び込んだ。
「俺の親を! 返せ!!!」
力任せにハルバードを振り切った。その後も、手当たり次第に彼らを両断していく。取り戻そうとするので頭がいっぱいで、周りの音も彼らの声も何も聞こえない。目元が力んで視界が霞むのを感じたが、敵の姿は把握できる。
この手を止めたら、逃げられてしまう。
レイトは闇雲にハルバードを振り回した。
村に降りてきたのは5人。それをはるかに上回る数を手にかけていたが、その事に気づけるほど冷静ではなかった。
――村が静寂に包まれる。
正気を取り戻したレイトは、目の前の有様に体を震わせた。手の力が抜け、ハルバードが落ちる。立っている事もままならず、ガクンと落ちるように座り込んだ。俯いた時に、いつの間にか返り血を浴びている事に気づく。
これはヤツらの返り血じゃない。
だって、この中にはアイツらの姿が1人としていない。
無事でいてほしいと希っていた村人たちは、両断された死体となって、レイトの周りを囲んでいた。村を出る直前まで言葉を交わしていた友人の姿も、視界の端にうっすらと見える。
どうしてこんな事になったのか、理解できなかった。
ヤツらを狙っていたはずなのに、気が動転して見境が無くなっていたのか、親を奪われて周りが見えてなかったのか。
どんな理由を並べても、この惨劇の前では正当化なんてできない。
身体の内側が激しく脈打った。心臓が引き裂かれるような痛みを覚え、自分の胸を掴んで抑えつける。
ぽつり、ぽつり、と小さな雨粒が肌に当たった。昼下がりの空を、厚い雲が覆い隠していく。雨粒はだんだん大きくなり、激しく降りつける。
強くなった雨脚が、青年の悲痛な叫びをかき消した。
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