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「ハハハ。ついてきちゃった」
魔獣狩りの依頼をしてきた宿屋の主人。ユキの父親。そして、レイトが殺そうとしているターゲットだ。
「な、なんでここに……?」
レイトは呆気にとられていた。マスターは悪びれた表情を見せるも、目尻の笑いジワを深くして微笑む。
「レイト君、明日でいなくなっちゃうでしょ? 魔獣を狩れる子なんてそうそう会えないし、どんな感じなのか最後に見ておきたくて。ハハハ」
「ハハハじゃないですよ。この辺りは魔物も出るかもしれないし、そんな無防備な格好で来ちゃダメですって」
「ハハハ、そうだよね」
だからハハハじゃないんだって(「ハハハ」が何かの記号にすら見えてくる)。
「でも、早く追いかけないと見逃しちゃうと思ったんだ。レイト君のフィナーレ」
「まるで俺が死ぬみたいな言い方」
数日世話になったから、マスターに悪気が無いのはわかる。彼を責める気持ちは芽生えないが、ついてきた理由が子供みたいで呆れそうになる。
「奥さんとかユキには止められなかったんですか?」
レイトは小さくため息を吐いた。
「取引先と仕事の話があるって言ってきた。だから大丈夫」
「それ大丈夫って言わねーっす」
「せっかくだし一緒に散歩しない? 魔獣が見つからなくても依頼料払うから」
「言葉選ぶの面倒になってきたんでハッキリ言いますね。バカですか?」
マスターってこんなに頭のネジ緩々だったの? 常識人なら、この森でこの時間に散歩とか言わない。
「……そっか」
マスターはレイトから視線を外し、背を向けた。その背中は、しょんぼりとした哀愁を帯びている。
「バカと散歩なんてしたくないよね。気を遣わせて申し訳ない。さて、バカは帰るとしよう」
「ちがっ……すみませんでした! 散歩しましょう!!!」
来た道を戻ろうとするマスターを、急ぎ足で追う。レイトの声がその場に響いてから数歩進んだ後、マスターは足を止めて振り返った。
「本当にいいの? 無理してない?」
背中から伝わった哀愁が、顔にそのまま出ている。
マスターが遠ざかるのを止めたので、レイトも足を止めた。
「無理なんてしてないです。ほら、行きますよ」
「ハハハ。レイト君は優しいなあ」
マスターは目尻にしわを寄せて微笑みながら、レイトに歩み寄る。レイトの隣にマスターが来ると、2人は横並びで、森の奥へ進んだ。
思わず引き留めてしまった。こんな気の優しいおセンチおじさんを放っておけない。嫌という訳じゃないし、最後に変な気を遣わせたくなかった。
それに、ここから1人で帰らせてマスターに何かあったら大変だ。魔獣を探しながらマスターを守ろう。
あれ?
守るって何だよ。
これ、マスターを殺るチャンスなんじゃないか?
隣にいるマスターをチラリと見上げた。目元も口元も、表情筋が緩んでいるように見える。こんな場所にいるというのに、まるで緊張感が――
「ユキと仲良くしてくれてありがとね」
マスターの口が動いた後、彼の目がこちらを向こうとしているのがわかった。レイトは目が合うか合わないかくらいで、マスターから顔を背ける。
「い、いえ。こちらこそ」
つい社交辞令を口走ってしまった。でも人として間違った返事ではないはず。
こっちからユキと仲良くしていたつもりは無い。頼んでも無いのに毎朝起こしに来られたり、毎度のように買い出しの荷物持ち要員にされたり、客としての扱いじゃなかった。
「レイト君が初めて宿に来たとき、はしゃいでたんだよ。年の近い子が泊まりに来るなんてなかなか無いからさ」
楽しそうに話すマスターに「そうだったんですね」と話を合わせる。
「明日街を出ちゃうのか……寂しくなるなあ」
「そうですね。お世話になりました」
「街に定住する気ない? いや、いっその事ウチの子にしちゃおう」
「思い切った引き留め方ですね」
「ハハハ。ランベルトもユキも絶対喜ぶよ」
マスターの突拍子も無い発言に、苦笑いで応じるレイト。胸にざわつきを抱きながら、マスターと歩調を合わせていた。
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