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悪魔は憑けても憑かれないよう気をつけてね
宿の食堂で、ディアンはテーブル席で肘をついて腕を組み、正面に見えるカウンターの奥にある棚を眺めていた。ダイニングテーブルの端の席で、背後に立っているユキに髪を結んでもらっている。
レイトから "組み紐" というものを貰ったので、ユキに結び方を教えてもらって何度か自分で試みたが、どうも上手くできなかった。案外難しいものだと知る。
棚に並んでいる食器や瓶を見ながら大人しく待っていると、髪から伝わってきていた彼女の手の感覚が離れた。後ろから「よし」と呟く声が聞こえると、ディアンの横から、ユキがひょっこりと顔を出す。
「出来ました」
「もう終わったの? 器用なのね」
ディアンが視線を合わせると、ユキは少し照れくさそうに微笑んだ。
「そんなことないですよ。やっていくうちに慣れただけなので」
彼女の頬がだんだん紅く色づいてきている。
器用と言われたのがそんなに嬉しかったのだろうか。かわいい。
「あ、あと、美人さんの髪触るの初めてだったので、実はちょっと緊張してました」
「美人さんて」
噴き出しそうになるのを堪えるディアン。恥ずかしさを隠すように笑うユキの様子から、ウケを狙っての発言ではなさそうだ。
「それってどう反応したらいいの? 女性だったら喜びそうなものだけど」
笑いを堪えた余韻で口角を上げながら、ユキを見上げた。面白半分で尋ねたのだが、ユキの顔から笑みが消えていた。戸惑っているように見える。難しいことを言ったつもりは無かったので、微妙な反応をされるとは思わなかった。何か、彼女の地雷を踏んでしまったか……?
ディアンが自分の発言を後悔すべきか考えていると、ユキが慎重な態度でディアンに尋ねてきた。
「あの、もしかしてなんですけど……」
ユキは両手を重ねて、自分の手を握る。言い出すのを躊躇っているように見えるが、ディアンは彼女の言葉を待つことにした。
「男の人、ですか?」
想定外の質問に、呆気にとられた。
「そうだけど……?」
「あっ……ごめんなさい! ごめんなさい!!!」
ユキは大きく目を見開き、勢いよく頭を下げた。突然の謝罪に驚きを隠せず、ディアンは言葉を失う。
「私てっきり……でぃ、ディアンさん? のこと、女性かと……」
ユキの声がだんだん小さくなっていく。
「ごめんなさい。ホントに……」
ユキは頭を下げながら両手で顔を覆い、後ずさってディアンから遠ざかる。幸い、食堂内を歩いている人がいなかったので、ユキは誰にもぶつかることなく部屋の端まで後ずさり、壁にお尻をついて行き止まった。
女と勘違いされていたのは驚いたが、だからと言って謝ってもらう必要は無いと思っている。しかし、ユキの動揺っぷりに目を見張ってしまい、しばらく彼女の挙動を観察してしまった。
よく見ると耳が紅くなっている。両手で隠しきれていない頬も、耳と同じくらいの色を帯びていた。
ユキは壁にもたれながら、その場でしゃがみ込んだ。
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