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「こ、こんな綺麗な男の人、初めてお会いしました」
「ユキちゃん、戻ってきて」
呼びかけてみるが、ユキはまるで腰が抜けたかのように動きを見せない。ただひたすら、顔を隠している。
そんなに衝撃的だったのか。
ディアンは立ち上がって、ユキに歩み寄った。座り込むユキの目の前まで来ると、しゃがんで彼女と同じ目線になる。
「気にすること無いわ。レイトなんか初対面のアタシにオカマって言ってきたくらいなんだから」
「レイト君のバカ……!」
不在のレイトに暴言を吐くユキ。彼女の意見に激しく同意だ。
「アイツが帰ってきたら直接言ってあげて」
ディアンは話しながら微笑み、腰を上げる。
「立てそう?」
屈んだ姿勢で、ユキに手を差し伸べた。ユキは顔を覆う両手をそろそろと下ろし、気恥ずかしさを含んだ目でディアンの手を見た。
「触ってもいいんですか?」
「何よ今更。さっきまでアタシの髪いじってたでしょ?」
こちらから差し出しているのに「触ってもいいか」という気遣いがよくわからない。それに、行き場のないこの手を取ってもらえないのは少し傷つく。
ユキは「失礼します」と一言添えてから、ディアンの手のひらに自分の手を重ねた。ディアンが手を握って引っ張り、その力を借りてユキが立ち上がる。ユキがしっかり立てているのを確かめてから手を離すと、彼女はこちらを見上げてお礼を述べた。
その様子に、ディアンはホッとしていた。
力加減を間違えていたら、勢い余って反対側の壁に放り投げてしまっていたかもしれない。
ユキはディアンを見上げたまま、嬉しそうに頬を上げていた。
「その髪型、すごく似合ってます」
「あら、そう?」
まだ自分で見れていないが、ユキと同じように高い位置で1つ縛りにしてもらった。横の髪は顎下くらいの長さなので、下ろしたままにしている。
「鏡持ってきますね。少しだけ待ってもらえますか?」
ディアンが「ええ」と返事をすると、ユキは愛嬌のある笑顔を見せ、その場を後にした。
誰だ、あんな良い子を育てたのは(マスターと彼の奥さんか)。ボディーガードをするなら、ああいう子を守ってあげたい。
さっきまで会話していた可愛らしい女の子と、自称いたいけな男の子(現実を見ろ)との天地の差を思い浮かべる。
「うふふふ、ディーくんのうなじ~」
怪しい気配とともに、背後から声が聞こえた。その直後、首の後ろにツーっとなぞられるような感覚が走り、ビクリとして鳥肌が立つ。
なぞられた部分を手で隠しながら振り返り、人差し指を立てている男を睨んだ。
「何すんのよ」
「そこにうなじがあったから」
ビルはニヤニヤと笑いながら、近くのテーブル席に座った。座ったままディアンの方へ体を向け、右隣の席をポンポンと叩く。
「大事な話があるんだけど」
"大事な話" と言う割には、ヘラヘラとしている。と思ったが、少し違った。口元だけで作られた笑み。本性は目元の方に宿っていることを思い出す。
不気味な空気を肌で感じつつ、彼の隣の席に座った。
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