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どうも皆さん、レイトです。俺は今、魔物や魔獣が潜む森で「散歩をしよう」と言い出した、頭のネジが緩んだおじさんと一緒にいます。で、そのおじさんと夜な夜な散歩の真っ只中というわけです。
ネジゆるおじさんことマスターは、隣を歩くレイトににっこりと微笑んだ。
「レイト君、疲れてない? そろそろ休憩する?」
「……休憩というか、帰りませんか?」
そこまで疲れてないし、本来の目的である魔獣が出てこないし、もう引き返していいと思ってる。昨日は森の中をふらついていただけで魔獣や魔物に出会ったというのに、今日は奇妙なくらい、ソイツらに遭遇しない。
俺も俺で、マスターを殺るタイミングはいくらでもあるのに実行できていない始末。周りに人の気配は無いし、この状況下なら「魔物に襲われた」と言えば、マスターの死因は誤魔化せるんじゃないか?
いつも使ってる武器は、指輪に収納している。マスターがこちらから目を逸らした隙に武器を出して、同時に斬首すれば終わりだ。
何度も何度も、その事を頭の中で考えている。
そんなわけで本当に散歩しかしてない。今度こそ、帰る途中でチャンスをうかがって、やろう。
心の中で決心するレイト。そんな彼をよそに、マスターは笑顔で道外れの方角を指さした。
「ああ、ほら。あそこに休めそうな小屋があるよ」
「いや、さすがにこんな場所に小屋なんて……」
レイトはマスターが指さす方向をチラリと見る。
あった。
石造りの古そうな建物が、木々に囲まれるように立っていた。小屋と言っても宿の食堂より一回り狭いくらいの大きさで、30人くらいは優に入れるだろう。
小屋の所在を確認してからマスターへ視線を移すと、彼は目を輝かせながら親指を立てていた。
そんなドヤ顔されても、ここに長居するべきじゃない。結構森の奥まで進んでいるし、帰り道は何とか覚えている程度。時間が経って記憶があやふやになったら戻れなくなりそうだ。
それだけじゃない。やり手の盗賊たちが、魔獣や魔物に対抗できるように集団で潜んでいる可能性だってある。そういった輩に絡まれたら、かなり厄介だ。
「マスター、戻りましょう。今なら帰り道覚えてるんで」
道を外れて小屋に向かおうとするマスターの隣に並んで、歩きながら説得する。
マスターは穏やかな表情で微笑んでいた。
「大丈夫だよ、俺が覚えてるから」
「それにしたって、こんな所に長居しちゃ危険ですよ」
「もうちょっとレイト君と話してたいな〜。ダメ?」
「帰りながら話せますってば」
レイトが歩調を合わせながら説得を続けるが、マスターは足を止めない。木々を通り抜けると視界が開け、小屋全体が見えた。
「せっかくだし入ろうよ。ね?」
マスターはレイトを一瞥して少しだけ目を合わせると、小屋の扉に向かって歩き続けた。レイトも不本意ながら、黙って彼の跡をついて行く。
結構強引だな。マスターはこの森がどんなに危険かわかってない。
今は行方不明事件で持ち切りだが、あの街はもともと治安がいいらしい。これまでトラブルに巻き込まれずに過ごせてきたなら、警戒心が薄れているのも少し頷ける。
いや、違うな?
例の事件の犯人はマスターだ。平和ボケなんかしてないはず。
そういえば事件の被害者には冒険者も含まれてたような……もしかして、マスターってそこそこ強い?
魔獣狩りの依頼をしてくるし、普段は見た感じ穏やかな人だし、戦闘向きの人じゃないと勝手に決め込んでいた。
だってこんな時でもエプロン姿なんだもん。
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