悪魔は憑けても憑かれないよう気をつけてね

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 マスターとレイトは、小屋の扉の前で足を止めた。  建物は屋根の窓から光が差し込むような造りとなっており、壁側には窓が無い。上から確認しない限り、中がどうなっているのかわからない構造となっている。  マスターは左手を腹の高さまで持ち上げ、ドアノブを掴んだ。 「そうだ。実は話しておきたいことがあるんだよ」  ドアノブを掴んだまま、扉を見つめるマスター。さっきまでの笑顔から打って変わって、真剣な表情をしていた。  重々しい空気につられて、マスターの言動に呆れかけていたレイトの表情が引き締まる。  マスターがこんな調子だからさっきまで忘れてたけど、この人は行方不明事件の犯人で、冒険者とやりあえるくらいの戦闘能力があるかもしれない。  言いたいことはわかる。「マスターを殺そうとしてんのに忘れるってどういうこと?」とか思ってるんだろ? でもこの人、散歩断られてションボリするようなおセンチおじさんだし、笑い方がハハハだし、人を殺すような顔じゃないし……  言い訳を並べても仕方ない。つまり何が言いたいかって、今の今まで一方的にこちらが主導権を握ってると思ってたから、マスターと()り合う展開を想定してなかったんだ。  そうだよ。どうせ俺はバカだよ。  誰に弁解しているのかわからないが、思ったことは大体(心の中で)吐き出せた。  レイトは目の前の殺人犯に、もう一度注意を向ける。  マスターは静かにこちらを見据えていた。何かを確認しているような、鋭さを感じる目つきだ。 「……なんすか?」  指輪に収納している武器をいつでも取り出せるように、左手を構えながらマスターの動きを警戒する。  レイトが固唾を飲んで反応を待っていると、マスターの口がゆっくりと開いた。 「レイト君って、ユキのこと狙ってるでしょ? 俺の事、お父さんて呼ぶのはもうしばらく後にしてね」 「………………すごく言い辛いんですけど、狙ってないです」 「え、違うの? 外したか〜」  マスターは「あちゃ〜」と照れるように笑った。  父親公認みたいな雰囲気のところ申し訳ねーけど、話が飛躍し過ぎなんだよ。つーか、そんな風に見られるような素振りをした覚えは無い。 「ああ、それともう1つ。今度は質問」 「何なんすかもう」  呆れた目でマスターを見る。一気に気が抜けたレイトは、もはや投げやりになっていた。 「子どもの頃に筋トレし過ぎると身長伸びないって聞いた事あるけど、本当かな?」 「知りません。なんで俺に聞くんですか?」 「だってキミ強いし、筋力あるでしょ? 背も小さ――」 「俺はまだ成長期なんです!!!」  何だ、この人。わざとか? 俺を(あお)って何がしたいんだ?  レイトが目を吊り上げてブチギレると、マスターは申し訳なさそうに眉をハの字に下げた。 「ハハハ。ごめん、気にしてたんだね。悪気は無かったんだよ」  悪意しか感じねーよ。 「成長期かあ……これからが楽しみだね」  (いま)だ不機嫌丸出しのレイトに気が付いてないのか、マスターは柔らかい笑みを浮かべて話し出した。 「ああ、でも、死んだら成長止まっちゃうのか。でもそこらの冒険者より強いし、今の状態でも全然問題ないね、うん」  マスターは右手でレイトの手首を掴むと、ドアノブを掴んでいた左手を手前に引いて、扉を勢いよく開けた。 「()って……!」  強い握力で手首が絞められる。(あらが)う隙を与えてもらえず、小屋の中に放り込まれた。かなり乱暴に引っ張られたので、"投げ捨てられた" の方が正しいかもしれない。レイトは(つまず)くように数歩進んで、地面に倒れた。  急いで立ち上がろうと手をつきながら、扉の方を見る。閉じかけの扉の隙間から、マスターがこちらを覗いていた。月明かりが逆光となり、その姿はほぼ黒い影となっているが、顔半分は(わず)かに明かりが照らしている。  こちらを見下ろすマスターは、目を細めて笑っていた。 「レイト君の体は、俺が大切に使うよ」  いつもの穏やかな声を残してから、扉を閉めた。
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