季節を越えて

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緩慢な動作で、シンプルな携帯を取り上げ耳に当てる。 五コール目で電話に出た相手が、ため息を吐いていた。 顔を出せと言われ、分かったと答えた。 部屋を出て美容院に行く。髪を切り、半年振りだと笑う担当に曖昧に頷いた。 こざっぱりとしても、痩せこけた体はどうしようもない。諦めて似合わないスーツを着た。 動き出そうと思ったのは、たぶん、昨夜優しい眠りについたから。 義憲の料理に、胸が暖かくなったから。 タクシーを拾い、繁華街で降りた。表通りから逸れて、裏道を歩く。 ビルの裏口から中に入り、エレベーターで六階に向かう。 開く扉から外に出て、フロアを横切り裏口に向かった。そっと中に入り、早足で支配人室に滑り込んだ。 「ノックくらいしろ」 言われて、曖昧に頷く。 「痩せたな」 立ち上がり、俺の前まで来て眉を下げるのは店の支配人。 「座れ」 応接用のソファーを示され、大人しく座る。 「それで。これからどうするんだ?」 煙草に火をつけ、不機嫌に聞く支配人に俯いた。 今の俺が、働けるとは思えない。せめてもう少しこの痩せこけた体を戻さなければ、誰も俺を相手にしないだろう。 「半年近く休んだんだ。人も変わっている。また1からのスタートだぞ」 苦々しく言う支配人に、顔を上げた。 「太客も全部切れただろう。戻るにしろ、辞めるにしろ、はっきりしろ」 まるで、戻って来てもいいと言っている支配人に、小さく笑った。 「俺、戻りたい」 支配人はため息を吐き、立ち上がった。 「二週間でもう少し肉をつけろ。若いくせに肌もボロボロだ。待っててやる」 胸にせり上がる熱い塊。哀しみではなく、支配人の優しさに込み上がる感情。胸を押さえて、涙を堪える。 「あ、りがとう…ござい、ます」 俺の頭をぽんぽんと叩き、支配人は雰囲気を和らげた。 「一度はトップに立ったお前だからだ。少しは大人になった所を見せろ」 頭を下げて、逃げるようにビルを出た。
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