季節を越えて

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あの店の料理は美味しかった。少ししか摘ままなかったけど、とても美味しかった。 チラリと時計を見てから立ち上がった。煙草を消して窓を閉め、戻ったばかりの部屋を出る。 あそこなら、歩いて行っても一時間くらいだ。今からなら、それでも店は開いてる時間だろう。 独りには慣れていたが、それがこの先死ぬまで続くのかと思ったらやりきれなくなった。 秋の澄んだ空気は、きっと人をナーバスにさせる。 きっと。だからこんなに、寂しいんだ。 歩くのにも途中で飽きて、表通りでタクシーを拾った。目的の店の前で降りて、辺りを見回す。 騒がしい繁華街。淀んだ空気も、秋の風が吹き飛ばしてくれている。 黒服の呼び込みたち。化粧で完全装備した女性たち。顔を赤くして、喚きながらも楽しそうなスーツ姿の男たち。 一つ息を吐き、無機質なコンクリの階段に足を踏み出した。 重厚な扉を前にして、一見には入りにくい扉だと思う。わざとかも知れない。思いながら中に入った。 落ち着いた、暗い店内。カウンターが、他に比べればやや明るい。 奥のソファー席は埋まっている。カウンターも、左右が埋まり空いているのは真ん中だけだった。 「いらっしゃいませ」 若そうな、きっと同い年くらいのボーイに声をかけられ、階段を数段降りた。 「カウンターですが、宜しいでしょうか?」 曖昧に頷き、熱心に連れと向き合い話す男たちの間に座った。 やけに綺麗な顔をした、バーテンダーからメニューを受け取る。パラリと流し見て、横に置いた。 「黒ビールとオムレツ」 微かに口許を緩めたバーテンダーが、すぐに冷えたグラスにビールを注ぎ出してきた。 ややタレ目だが、整った、硬質な美しさを持つ男だ。指が長く、美しい。 グラスに伸ばした、自分の指を眺める。男にしては、綺麗だと言われる指。 ぼんやりしながら、ビールを口にした。 シェーカーを振る男の、華麗な手さばきを眺めていたら、奥から黒のエプロンを付けた男が出てきた。 チラリとカウンターの台を見て、俺を見てきた。
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