季節を越えて

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「お待たせ」 湯気を上げるオムレツを目の前に置いて、男は奥に引っ込んだ。 精悍な顔の、しかしニヤついた表情に遊び人だなと思う。あの手のタイプは、手癖が悪い奴が多い。思いながら、オムレツを摘まむ。口にして、口許を緩めた。 美味しい。 少しだけ気分が浮上したのを感じ、そのまま閉店間際まで酒を飲んでいた。 会計を済ませ、スツールを降りたら少しふらついた。 ずいぶんと弱くなった。思いながら、苦笑して店を出た。 翌日は少し早めに店に行った。カウンターの隅が空いていたので、そこに座る。 出されたメニューを流し見て、やはり黒ビールとオムレツを頼んだ。 早い時間だが、ソファー席は埋まっていた。一杯目のビールを飲み終わったときに、奥からエプロン姿の男が出てきた。 今度はすぐに俺を見て、目の前にオムレツを置くのに小さく笑った。 「お待たせ」 チラリとバーテンダーに視線を向けてから、奥に戻って行った。 一時間くらい居て、混み出した店に会計をして出た。 繁華街を歩くのは、嫌いではない。しかし知り合いに会うのが嫌で、タクシーを拾った。 雑然とした部屋に入り、窓を開けぼんやり煙草を吸った。 そろそろ、休みを終わりにしなくてはいけない。思うだけで、行動に移す気になれない。 棚に置いてある三台の携帯。どれもピカピカと点滅していた。 「美味しかった」 呟いて、小さく笑った。このまま腐っていくには、まだ惜しい。 精神をすり減らし、媚びて生きていくのは疲れる。 だが、まだ惜しい。 立ち上がり、アクセサリーを付けていない携帯を取り上げた。 コール音三回で出た相手に、開口一番怒鳴られた。喚く声を聞きながら、10分くらいぼんやりしていた。 ようやく落ち着いた相手に、ごめんと呟き通話を切った。 また、動く気が消えてしまった。 突如沸き上がる熱い塊に、胸を押さえた。叫びたい。喚きたい。泣き出したい。 誰かにすがり付きたくて、拳を握って目を閉じた。誰もいない。 結局、独りで生きていくのだ。
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