季節を越えて

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笑みを浮かべて声をかけてきたバーテンダー。 「だめだよ横取り~。義憲楽しみにしてるんだからさあ」 言いながら、俺の腕を掴み相手から引き剥がした。 「今夜は他の人当たってねえ。ご来店ありがとうございました~」 ひらひら手を振るバーテンダーに、相手は舌打ちをして歩き去ってくれた。 「すいません、ありがとう」 「いえいえ~。嫌ならはっきり言った方がいいよお?」 曖昧に頷き、雰囲気の違うバーテンダーを眺めた。 目尻を下げて笑みを浮かべる彼には、硬質な美しさはなく、代わりに愛嬌があった。 不思議な人だ。思いながら、頭を下げて歩き出そうとしたら呼び止められた。 「ちょっと待ってねえ、義憲もうすぐ来るからあ」 「え?あの?」 戸惑っていたら、ラフな服に着替えた男がやってきた。 「サンキュー圭、明日早く出るからさ」 「はいはいよろしくね~、じゃあまたねえ」 地下に戻る後ろ姿を眺めていたら、肩を抱かれた。 「俺、義憲って言うんだけど、あんたは?」 ニヤニヤしながら名乗る相手に、苦笑する。 「裕也」 「裕也ね。エチなしでも有りでもいいんだけどさ、うち来いよ」 そんな誘われ方は初めてで、ちょっと笑った。 「無しでもいいんだ?」 見上げたら、ニヤリと笑っていた。 「いいよ?裕也体調悪そうだし。言っとくが、エチ無しは今夜だけだぜ?」 どちらでもいいが、一緒にタクシーに乗り込むことにした。気紛れに。誘いに乗ろうと思ったから。 タクシーを降りてマンションに入る。部屋に入ったら、ワンルームなのに驚いた。単身者用もあるマンションなのか。 それなりに広い部屋に、雑誌や本が散乱していた。壁際に置かれたベッドはシングル。反対の壁には棚とテレビ。ただ、キッチンだけは広く、綺麗に片されていた。 「人いれないからさ、汚くてわりいな」 シャツを脱ぎ、クローゼットから服を取り出しそのまま浴室に消える相手に、少し悩んでキッチン前のイスに座った。
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