季節を越えて

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ぼんやりしながら煙草を取り出し、灰皿がないのに気付いた。そういえば、煙草のヤニ汚れもない。 吸わない人なのかと思っていたら、長めの黒髪に水滴を滴ながら、相手が出てきた。 「吸うならベランダな。腹減ってないか?」 「いや、さっき食べたから」 タオルで頭をガシガシ拭き、相手、義憲は笑った。 「食細いのか?オムレツだけで満足かよ」 曖昧に頷き、煙草を持ちベランダに出た。スタンド型の灰皿があり、しかし吸殻は入ってなかった。 煙草を吸いながら、ぼんやり空を見上げる。澄んだ空気は、ひんやりとしていた。 唐突に、何故自分がここにいるのか分からなくなった。何をしてるんだろう俺は。 数度行った店の従業員の部屋で、何故夜空を見上げているのか。 熱い塊が胸にせり上がり、口許を押さえた。帰りたい。逃げ出したい。泣き叫びたい衝動を堪える。 震える指で煙草を揉み消し、しゃがみこんで衝動を抑え込んだ。 サアッと吹き抜ける秋の冷えた風。 熱い塊が溶けていく。夜空を見上げて星を眺めた。 いつもと変わらない自分に戻ったのに笑みを浮かべて、窓を開けて部屋に戻った。 中には食欲をそそる、ニンニクの香りが充満していた。 キッチンでフライパンを揺らし、義憲は楽しそうに料理をしている。 「何作ってるの?」 声をかけたら、火を止めてフライパンを片手に振り向いた。 「ペペロンチーノ。早くて簡単そして美味い!」 笑って、テーブルに用意してあった皿に盛り付けている。 小皿とフォークを渡され、義憲はニヤリと笑った。 「ちょっと食えよ。そして美味いと誉め称えな」 笑い返して、イスに座った。小皿に少し取り寄せて、フォークで巻いて口に入れる。食欲をそそる味に、笑みが浮かぶ。 「美味しいよ」 顔を上げたら、だろ、と不敵に笑っていた。 皿を洗う義憲を横目に、落ちている雑誌や本を眺めた。どれも料理関係なんだと感心する。 「裕也、シャワー使えよ」 言われてシャワーを借りた。
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